第269回 地味なひとに出会ったときに思い出す詩
地味なひと。
物静かで、目立たず、堅実。
声が大きなひとが持て囃される世の中で、ひっそりと役割を果たすひと。
五月のお花畑を歩いていたら、そんなひとたちのことが頭に思い浮かびました。
お花畑と地味なひとにどんな関係があるのか、この詩を読んでみてください。
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May-Flower
Emily Dickinson
Pink, small, and punctual,
Aromatic, low,
Covert in April,
Candid in May,
Dear to the moss,
Known by the knoll,
Next to the robin
In every human soul.
Bold little beauty,
Bedecked with thee,
Nature forswears
Antiquity.
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五月の花
エミリー・ディキンソン
薄紅の小さな花を季節が巡れば咲かせる
香しく 踏んでしまいそうなところで
隠れている四月
思い切り咲くのが五月
苔に愛され
丘の常連で
コマドリのように
誰にとっても愛おしい存在
鮮やかに美しく咲く小さな花よ
あなたが野山を輝かせるから
自然はさよならするんだね
旧きものに
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地味な存在を、なんとも素敵に描写した詩ですよねえ。
Pink, small, and punctual,
Aromatic, low,
Covert in April,
Candid in May,
薄紅の小さな花を季節が巡れば咲かせる
香しく 踏んでしまいそうなところで
隠れている四月
思い切り咲くのが五月
真紅よりは薄紅、大きくよりは小さく。
そして、何よりも punctual 「時間をきっちり守る」ということ。定刻通りにきっちり会議室にいるかのように、季節が巡って来れば、ちゃんと花を咲かせる。
自ら見せびらかしたり強調することはないけれど、そのひとならではの魅力があり、Aromatic 「香しく」花を咲かせる。
目立とうと首を伸ばすことなく、ひっそりと low 「低い」ところで花を咲かせる。
ふさわしい時機が訪れれば、力を発揮して輝けるのが、地味なひと。
どうですか!地味なひとって、まさに小さな花ではありませんか!
Dear to the moss,
Known by the knoll,
Next to the robin
In every human soul.
苔に愛され
丘の常連で
コマドリのように
誰にとっても愛おしい存在
燦燦と照る陽の光のような脚光を浴びるというよりは、苔のように日陰に生息し、でも、広い丘のようなのびのびできるコミュニティも持っている。
そして、何よりも In every human soul 「誰にとっても愛おしい存在」であり、子犬みたいに無条件で誰からも愛される存在。
どうですか!地味なひとって、やっぱり小さな花ではありませんか!
Bold little beauty,
Bedecked with thee,
Nature forswears
Antiquity.
鮮やかに美しく咲く小さな花よ
あなたが野山を輝かせるから
自然はさよならするんだね
旧きものに
そのひとらしい魅力を持ちながらも、自分を大きく見せようとしたりしない。
表舞台に出てくることは少ないかもしれないけれど、我慢強く堅実に仕事をこなし、舞台で踊るひとたちを輝かせる。
自然界では、お花畑に大小さまざまな花が咲き乱れ、古い季節に別れを告げます。
人間界では、まだまだ声が大きい人が幅を利かせる現実があります。はたして人間界は、そうした旧きものにさよならできるのかなと思います。
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今回の訳のポイント
慎ましく咲く花が、その魅力を最大限に発揮する五月を描いたこの詩。最大のポイントは、その慎ましさを象徴する単語にあります。
Pink, small, and punctual,
Aromatic, low,
Covert in April,
Candid in May,
薄紅の小さな花を季節が巡れば咲かせる
香しく 踏んでしまいそうなところで
隠れている四月
思い切り咲くのが五月
英単語としての low の直訳は「低い」になりますが、「低いところで咲く」と言うと、植物図鑑のなかにありそうな学術的な説明のようになってしまいます。
英語で low を含むフレーズとして、low-profile「目立たない」や、low-key「控えめな」があって、自分はけっこう好きで使う頻度も高いです。
・Keep low-profile!「あんまり悪目立ちするなよ!」
・It was a low-key party.「あんまり騒ぐようなパーティーじゃなかったよ」
こうした控えめな感じを表すのが low の役割なわけです。
お花にとって、low 「低い」ところというのは、空でなく地面に近いところで、慎ましい花が咲くのは「踏んでしまいそうなところ」と言えるのではないでしょうか。