INTERPRETATION

7割できれば良しとする

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 先週のこのコラムで、「アメリカ海兵隊式経営」(フリードマン著、ダイヤモンド社、2001年)という本をご紹介しました。アメリカの海兵隊と言えば、戦場の最前線に立ち、厳しい戦いに従事する軍隊です。その訓練方法は厳しく、一定期間昇進できない者は除隊させられます。本書は、そうした海兵隊の訓練を現代経営に関連づけて書かれた本です。

 私がこの本で最も共感したのは、「7割の解決で良い」という考え方でした。海兵隊では、任務をやらずにいるぐらいならば、70パーセントの達成率になっても良いから実行した方が良いという考え方があるのです。

 私はこの本を読んで以来、すべての点において「7割できれば良し」という考えを抱くようになりました。そこで今回は日常生活や勉強におけるこの考え方をご紹介しましょう。

(1)掃除:家の中の掃除をやらなければ汚れたままになってしまうが、掃除機をざっとかければその分きれいになる。7割方ホコリが取れれば良し。

(2)窓ふき:窓枠や窓のさんなど、きれいにしようと思うときりがなくなってしまう。せめてガラス面の大半が拭ければOK。高くて手が届かないところが拭けなくても、とりあえず自分の視界の範囲がきれいになれば良しとする。

(3)献立:バランス良く調理せねばとわかってはいるものの、忙しくて偏ってしまうことも。そんなときはとりあえず「赤・黄・緑」の食材が並べば合格ライン。トマト、卵、おひたしを常備しておけば、残りが多少脂っぽいメニューでも栄養バランスは7割達成できると考える。

(4)運動:「毎日10分ジョギングする!」と決めても、忙しかったり雨が降っていたり寝坊したりと、私たちの行動を阻む要素はいっぱい。「とりあえず5分強だけ自宅の周りを歩く」と決めて実行すれば、「やったこと」になる。

(5)子育て: 相手は子どもなので、どれだけ噛み砕いて説明しても、やはり理解には限界がある。「どうしてもわかってほしいこと」を一つだけ絞り込み、あとは7割聞いてもらえれば良しとする。

(6)資格試験:「満点で合格する!」などと意気込んでしまうと、結果がたとえ90点でも落胆してしまうもの。英検や大学入試など、「試験」と名のつくもののほとんどが70%を合格ラインとしている。

(7)読書:一冊の本を最初から最後までしっかり読もうとすると、時間がかかってしまう。ざっと7割は斜め読みをして、自分の欲しい情報の3割を熟読すればOK。

(8)シャドーイング:「車に乗ったらシャドーイング」を心掛けている私だが、運転中なので一字一句すべて拾おうとすると運転がおろそかになってしまう。よって、7割拾えればそれで良し。

(9)執筆:このコラムを始め、本当は何度も何度も推敲して完璧な文章を作りたいところだが、他にも放送通訳や通訳学校での指導といった仕事を抱えているため、持ち時間には限りが。読みなおしてみて自分のイイタイコトの7割が盛り込まれていれば納品。

(10)放送通訳:早口でまくしたてる英米人キャスターのニュース原稿をすべて訳すことは不可能。私が超スピードの日本語で訳すか、オリジナルの内容を落としてゆっくり訳すかのどちらかしかない。前者であれば日本語訳を聞く聴衆は7割どころか半分も理解できなくなってしまう。よって英語ニュースの場合、その7割をわかりやすい日本語に通訳するよう、私は心がけている。

 いかがでしたか?人間というのは、確かに頑張れば限りなく完璧をめざすこともできるでしょう。けれども息切れしないためにも、持続させるためにも、私は7割できれば「よし、やった、自分!」と自己肯定するようにしています。

 

 (2009年11月2日)

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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