INTERPRETATION

自分の周りはすべて師匠

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 私は社会人になって以来、スポーツクラブへ通い続けています。もっとも「○か月以内に体重を落とす!」などのようにしっかりとした目標を立てて精進しているわけではありません。人間ですので時にはさぼったり、行ってもあまり集中しないまま何となくスタジオレッスンに参加したりすることもあります。けれども大事なのは「継続すること」と自分に言い聞かせながら何とか続けている次第です。

 ここ数年、自分が通訳学校などで教えるようになって以来、「指導者」と名がつく人々の教え方に注目するようになりました。そういう意味ではスポーツクラブのスタジオレッスンは参加するだけでも実にたくさん得ることがあります。

 これまでを振り返ってみても、各インストラクターそれぞれに素晴らしい面があります。具体的には以下の通りです。

1.参加者の名前をすぐに覚えてくれる

2.いつもにこやかにレッスンを進めている

3.誰に対しても公平に接する

4.やる気が出るような励ましの言葉をかけてくれる

5.トレーニング、どこに意識を集中すべきか具体的に教えてくれる

6.レッスン中、ハプニングがあっても動じない

7.抜群のスタイルで憧れを抱ける

8.日本語がきれい

9.いつも一生懸命な指導

10.数字で具体例を示してくれてわかりやすい

 以上、10人のインストラクターの顔を思い浮かべながら、それぞれの長所を振り返ってみました。改めてとらえてみると、どの要素も教える上では大切なものだと思います。

 かつての日本では「スポ根」と言われるような、厳しい指導をして生徒を伸ばしていくという方法がとられていました。「厳しくてもついてこい!」という指導者と、「ついていってやる!」という参加者の根性がちょうどバランスよく作用していたのです。

 けれども時代が変われば指導法も変わるものです。「褒めて伸ばす」という欧米型の指導法が導入されるようになり、現実問題、やはり褒められれば誰でも嬉しいわけですから、そうした教え方の方を私たちも好むようになっています。参加者を萎縮させるような言葉がけは、本人の実力がフルに発揮できなくなる恐れもあるのです。もちろん、厳しさの根底に愛情があって、それがきちんと参加者にも伝わればよいのでしょうけれど、皆が皆、その愛情をくみ取ってくれるとは限りません。

 教え方というのは一つだけが正解なのではないと思います。時代と共に、人間の価値観の変化と共に進化していくものです。私自身、スポーツクラブのレッスンに参加することで、「自分以外の周囲はすべて師匠」と思いながら自分の指導の場に生かしていきたいなと考えています。

 

(2010年10月11日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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