INTERPRETATION

第688回 短く短く

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

埼玉県民の私が応援している落語家の林家たい平さん。秩父ご出身ということもあり、ますます親近感を抱いています。これまで独演会にも足を運んできましたが、行くたびにいつもお腹を抱えて大爆笑。マクラの部分など、「あれ?これ、数か月前にも聞いたような」という場合であれ、何度聞いても楽しいものは楽しいのですよね。

そのたい平さんが日曜夕方の「笑点」でよくお披露目されるのが、薬師丸ひろ子さんのモノマネ。映画「セーラー服と機関銃」で有名になった「カ・イ・カ・ン・・・」をたい平さんは言葉を変えつつ声も雰囲気も実にそっくりな形で模倣されています。

さて、この「カイカン」という言葉ですが、日本語には同音異義語が沢山ありますよね。薬師丸さんの「カイカン」は「快感」ですが、他にも「開館」「会館」「開缶」など、変換候補だけでも10個近くありました。ちなみにこの「カイカン」は2つの漢字どちらも音読みですよね。同時通訳の場合、口の開閉が少なく素早く言えることから重宝しているのですが、欠点としては同音異義語があるため聴き手には紛らわしいことが挙げられます。

たとえばBBCで勤務していた頃、よく問題になったのが「ぶそうほうき」という言葉。みなさんはどの漢字を想像されますか?候補としては、

武装蜂起

武装放棄

の2つがあります。英語は前者がarmed uprising、後者がdisarmamentです。私としては後者のつもりで「武装放棄」と同通したものの、聞き手にとっては「すわ、民兵が武器を持って戦闘を始めた?」というイメージにもつながります。よって、BBCではdisarmamentを「武装解除」という訳で統一することに決めました。作家・井上やすしさんが「むずかしいことをやさしく」と述べておられましたが、通訳業というのは、常に聴き手を考えて理解しやすい言葉を選ぶ必要があるのですよね。

ところで先日のこと。IT関連の通訳を担当したのですが、そこで難儀したのが、「コンパクトな日本語VS英語の長文化」。たとえば「技術開発」は一気に言える日本語ですが、これを英訳するとtechnology developmentと長くなります。何度も出てきた単語であったため、もう途中からは内心「これって短くしちゃダメ?techdevとかにしたらマズイかしら?」と思う始末。帰宅してからtechdevでネット検索するも、どうやら汎用性はない模様。他にも長文英単語としては「中長期経営戦略」のmid to long-term management strategyや「製薬業界」のpharmaceutical industryなどなど。pharmaceuticalもなかなか言いづらい単語であったため、会議の終盤にはdrug industryとしてしまいました!会議の冒頭で気づけばよかった・・・。

日英同時通訳ではとにかく「短く短く」したいなあと思ってしまいます。ちなみに私は街中で「店舗内装工事業界第一位」という看板や、高速道路上で「自動速度取締機設置路線」などを目にしようものなら、日英同通したくなります。もちろん、呻吟して終わりです。

(2025年7月1日)

【今週の一冊】

「リーダーシップは誰でも身に付けられる:海上自衛隊が実践する、米海軍式の最強リーダーシップ論」伊藤俊幸著、アルファポリス、2018年

著者の伊藤俊幸さんは海上自衛隊の元海将。潜水隊の司令官などを歴任され、現在は金沢工業大学虎の門大学院で教鞭をとっておられます。私が伊藤氏を知ったきっかけは、随分前に観たテレビの報道番組。非常にわかりやすい解説で、朗らかなお人柄がにじみ出ていたこともあり、以来、注目するようになりました。

本書は、集団の上に立つ者がどのような心掛けをすべきかをとなえた一冊。「リーダーシップというのは才能ある人だけが有するのでは?」と思われがちですが、そうではないと著者は説きます。かつての日本では強権発動的で上意下達(じょういかたつ)が絶対とされていましたが、時代は変わりつつあります。そのような価値観の変化のある中、どうすればリーダーシップをとれるようになるかが本書を通じて理解できます。

中でも印象的だったのが、リーダーは部下に対して「模範を見せる」のが大切だということ。これは山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ」にある通りです。なお、自衛隊では数々の訓練をしますが、その際、尻込みしてしまう訓練生がいるそうです。そのような際、伊藤氏は「その一連の作業は演芸大会だと思えばいい。その演技指導を僕が今からする」と伝え、模範を見せていたそうです。通訳における後進育成も同様と私は感じます。

最後に私の心に響いた言葉を:

「万人に好かれることは難しいが、万人に嫌われないことは心がけ次第で可能」

リーダーを目指す人にも、部下としての立ち位置を知りたい方にも読んで頂きたい一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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