INTERPRETATION

男性通訳案件

上谷覚志

やりなおし!英語道場

通訳依頼を受ける時に、たまに男性通訳だからということで依頼がくることがあります。大体は宗教がらみの中東への出張や危険な場所での通訳が多かったりするのですが、以前やった仕事で珍しい案件がありました。

この案件を引き受けたものの事前情報があまりなく、とりあえず大阪でクライアント(弁護士)に会い、黒人男性との面談で通訳をする・・・どうやらこの男性は何か民事事件にかかわっているらしいというだけで、エージェント自体もこの男性が被害者か加害者かもわからないという状況でした。クライアントは男性通訳を希望しており、その理由は黒人男性の語気が荒いためというちょっと不思議な理由でした。通常こういう情報の少ない案件は受けないことが多いのですが、大阪に帰れるという安易な動機から引き受け大阪に向かいました。

当日、大阪に着き、クライアントの弁護士と会うと、“語気が荒い”黒人男性が“凶暴な“黒人男性という説明に変わってきました。弁護士によると、この黒人男性にはある詐欺容疑があり、事件当日の状況確認を1年ほど前から続けているが、これまで通訳なしだったので、うまくコミュニケーションができなかった。今回通訳を使いコミュニケーションを改善したいというのが狙いでした。

具体的な容疑内容よりもその黒人男性が以前刃物を振り回し大立ち回りをしたとか、弁護士との面談でf word連呼で罵倒したとか、肝心な案件情報はあまりもらえず、いかにその男性が危険人物かということが滔々と語らました。

面談の場所はなぜかファミレス、ロイホ。弁護士には事務所から来たのか用心棒らしき男が一人いて、その大きな体格だけみると柔道有段者か警官にも見えましたが、挨拶もそこそこに、その黒人男性が暴れたり刃物を振り回したりした場合に備えて、どこに座らせるかを真剣に悩み、よく見ると膝はガクガク震え、握ったコーヒーもこぼれだしていました。この人以外に二人の男性がきて、こちらは総勢五名。他の男性も落ち着かない様子で時計と入口を頻繁に確認。張り詰めた緊張の中でも、淡々と必要な情報を聞き出しながら、一体どんな凶暴な人が来るんだろう?ボブサップみたいな野獣系なんだろうか?それとも曙のような巨漢が来るのだろうかと想像を膨らませる一方、過剰にビビっている男4人の姿が可笑しくなってきました。

以前、詐欺罪で訴えられた外国人の通訳を東京地裁でした時に、債権者グループから被告人が罵倒されていたことを思い出しながら、通訳という仕事は人間の様々な形の欲望、関西弁で言う“えげつない”部分を受け止める仕事だなあとしみじみ感じました。普段のビジネス通訳でも、買収にからむ通訳だと駆け引きや人間の欲望がもろに出てくるので、知らないうちにそういう感情や思いも受け止めて訳していきます。こういう場合は言葉を超えた部分で伝えていることが多いような気がします。人によって違うとは思いますが、自分の場合はこういう感情や思いがぶつかり合い人間的な部分が出てくるような場面での通訳の方が何だかドラマみたいでやりがいを感じます。

さて、予定の時間になりロイホの入口に現れた黒人男性はボブサップや曙とは程遠い自分と同じくらいの体格の男性でした。確かに眼光は鋭く、何も言わずにじっと見られると普通の日本人なら身構えてしまうでしょう。話し始めると自分がかけられている容疑を晴らしたいのに、説明しようとしても自分が黒人というだけで犯人扱いされ、まともに話すら聞いてもらえないことに対する悔しい思いを切々と訴え、初めて通訳を通して自分の思いを伝えられる喜びに堰を切ったようにこれまでに蓄積されてきた思いを吐き出すように話しました。

見た目と国籍により、日本人側にかなりの部分の思い込みがあったことは確かです。今回の話し合いで全てがクリアになったわけではないにしても、お互いの理解が大きく前進したことは確かです。

最近では、会議に呼ばれても、ほとんどの人が通訳不要で、一部の人が日本語または英語がわからないからということで通訳が使われること多く、こうして全く理解し合えず、お互いを敵視していた人たちが二時間程度の話し合いで、最後にはお互い笑顔と握手で話し合いを終えられる、そういう手助けができるというのが本来の通訳の面白さなのかもしれませんね。

Written by

記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

END