第336回 原書選びは、自分との対話~惹かれる本は、自分を映す鏡
「“ジャケ買い”はするけれども、ネット検索での“書影買い”はない」
そんな話を聞いて、「たしかに……!」と思いました。カバーデザインに惹かれてクリックすることはあっても、すぐ購入するには至らない。それが書店で実物を見ると、欲しくなってレジにまっしぐら。訴求力がまるで違うのです。
同じカバーデザインでも、どんな紙に印刷されているかによって色合いは変わります。手に取った時の紙の手触りや持ち重りなども含め、実物が持つ情報量は、やはり桁違いに多いのです。
ネット検索だけでは入手できる情報が限られるため、実物を購入して読むという、よしとみあやさんのお話が前回ありましたが、翻訳したい原書を選ぶ際にも、実物に触れることは大切なのだと思います。
また、ある作家さんが「今は『おすすめする文化』が強すぎる。もっとむき身の状態で、調べずに本と出逢うことが大事なのではないか」と話していたのですが、これも原書選びに応用できる視点でしょう。よしとみさんが「なんとなく」選ぶという話にも通じます。
もちろん、原書を持ち込むにあたっては、受賞歴や売れ行きといった情報でアピールしていくことも大切なのですが、もっと「自分がその本に惹かれた」という事実を重視してもいいのではと思うのです。
これは自信や自己肯定感とも関わってくることです。惹かれる原書があっても、自分に自信がないと、ベストセラーではないとわかった途端、「どうせ持ち込んでも仕方ない」とあきらめてしまうかもしれません。だけど自信があれば、ベストセラーではなくても、「こんなに惹かれるんだから、それだけの理由があるはず! この魅力を伝えたい!」と、持ち込みにも前向きになれるのではないでしょうか。
その自信の裏付けとなるもののひとつは、多くの原書を読んでいること。あるいは、日本でその分野の類書を多く読んでいること。これについては、コツコツと取り組んでいくしかありません。
だけどそれだけではなく、惹かれる理由を深掘りしてみることも、自信の裏付けになります。「なんとなく惹かれる」という場合の、「なんとなく」を言語化できるように探っていくのです。そうすることで、自分の中の原体験につながっていきます。
たとえば、学校の図書室にたたずむ、どこか寂しげな様子の女の子が描かれたカバーイラストに惹かれたとします。深掘りしてみたら、こんなことに気づくかもしれません。
「そういえば、子どもの頃に図書室に通ってた時期があったっけ。あの頃は、仲の良かった友だちが転校しちゃって、遊び相手がいなくて、クラスの中でも何だか浮いちゃって……。すっかり忘れてたけど、当時は図書室が自分の居場所だったし、本に助けられてたなあ。海外の児童文学も、そこで初めて読んだっけ。自分に近い境遇の主人公のお話があって、夢中で読んだなあ。遠い国の話なのに自分に似ていることに驚いたし、遠いからこそ、似た境遇でも安心して読めたのかも」
すると、自分の中で「だからこの本に惹かれたんだ」と明確になって芯が通ります。「当時の自分のような子たちにこの本を届けたい」という思いが湧いて、力も得られるのです。
直感は、自分との対話を深めるいい機会です。せっかく心惹かれる原書を見つけたのなら、数字などのデータだけで判断するのではなく、自分を深掘りすることで、その魅力を伝えることを試してみてくださいね。
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