第335回 原書選びの決め手は「なんとなく」?~お祝い会での話題から
先日、よしとみあやさんの『デュポン書店の奇妙な事件』(影書房)のご出版を記念して、出版翻訳家デビューサポート企画の参加者でお祝い会を開催しました。そこでの話題から、ご参考になりそうなお話をご紹介しますね。
まず印象深かったのは、ご出版に至るまでのエピソードです。原書との出逢いは、海外の書店でのこと。たまたま目にし、タイトルに惹かれて読んでみたところ、とても面白かったそうです。そこで企画書を作成して数年前にフリーの編集者さんにお渡ししていたそうですが、ご連絡がないままでした。その後、デビューサポート企画にご参加いただいた後に本書のことを思い出し、サポート企画とは別に、ご自身で再び持ち込みに挑戦されたのです。
『わたしは あなたは―ベアトリーチェがアジザの、アジザがベアトリーチェの伝記を書く話』を出版されてから、書店に出かけた際、置いてくれているのを見つけました。そのとき、『わたしは あなたは』の隣に、影書房さんの本が置いてありました。そこで初めてこの出版社の存在を知ったそうです。調べてみると、社会派の作品を刊行していて、持ち込みたい企画との相性も良さそうです。早速連絡を取り、早い段階で出版が決まったということです。
質問タイムでは、原書選びについての質問が出ました。海外在住の参加者は、原書に触れる機会は日常的にあり、映画になった本の原作などを手に取ることもあるものの、あまり心惹かれないそうです。よしとみさんにとって、何が「これを翻訳しよう!」という決め手になるのか知りたいと言います。
よしとみさんによれば、「惹かれるものがあるかどうか」だそうです。児童書の原書はある程度読んでいるけれども、面白いと思っても、訳したいと思うものは少なく、10冊読んだうちに1冊あるかどうか。企画書を書かないといけないので再読しますが、「その再読に耐えられるかどうか」がひとつの目安だそうです。
また、社会的な問題が入っていると、出版社にアピールしやすいと考えているとのこと。『わたしは あなたは』の場合は人種差別の要素がありましたし、今回の『デュポン書店の奇妙な事件』にも階級を超えた連帯や商業主義への反発、女性の活躍といった要素があります。
よしとみさんは年に1回まとめて現地やインターネットのブックショップで書籍を購入し、普段から児童書を原書で読んでいるそうです。ネット検索だけでは、入手できる情報がどうしても限られるからです。文学賞の受賞作やファイナリストの作品は買って読んでいますが、それが自分にとって面白いか、日本の読書に合っているかどうかは、また別の話だと言います。日本の児童書も、どんな作品が出ているか把握したり、出版社の傾向を調べたりするために読むそうです。そういう積み重ねがあったうえで、結局は感覚的なものが選書の場合は大きいと言います。
選書の際に、店頭であらすじや、「他に売れている本があるか」「他の言語でも翻訳が出ているか」などをチェックするという方もいますが、よしとみさんの場合、そういう情報は企画書をつくる際に初めて調べるそうです。『デュポン書店の奇妙な事件』の作者も、原書の本国では中堅の作家で、大きな児童文学賞こそ取っていませんが、ナチスの優生思想をテーマにした作品で注目されています。だけど、その情報は選書の際の決め手ではなく、自分の選書をいわば補強するためのもの。選書の決め手はむしろ、「なんとなく」。好きな作家の新作やタイトルが気になったもの、イラストに惹かれたものを選び、ジャケ買いすることも。だから、「何の足しにもならない本が家にはいっぱいある」のだとか。それって、とても素敵なことだと思います。
今回の本は小学3、4年生からが対象ですが、集中力や読解力といった「読書体力」のある子どもでないと難しいのでは、という懸念がありました。そのため、難しい言葉を使わずに、子どもになじみやすいように、類語辞典と日本語辞典を片手に取り組んだと言います。流れが良くなるように、編集者さんとも相談して読点の工夫を重ねました。
翻訳後に、全体を通して黙読、音読を各3回したそうです。黙読と音読だとやはり違うもので、黙読では通りが良くても、音読してみると良くないと気づくことが多いからです。200ページ以上ある作品なので、最初から最後まで一度に読み通すことは難しく、間を空けることでリズムや感覚が変わってしまう問題もあったと言います。それでも1回は1日ですべて通読したとのこと。
1冊の本が世に出るまでにどれだけの労力がかかっているのか、あらためて感じる機会となりました。ぜひ参考にして、持ち込みに活かしていただけたらと思います。
※『デュポン書店の奇妙な事件』、私も読ませていただきました!
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