ENGLISH LEARNING

第277回 「ありがとう」と伝えたいときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

ありがとう。

この言葉ってきっと人生で一番多く使う言葉かもしれません。同時に、言葉で伝えきるのが一番難しい思いだとも感じます。

そのもどかしさを感じるときに思い出す詩があります。

「感謝は言葉じゃない」という詩で、読むたびに胸がじんわりあたたかくなるような詩なんです。

*****

Gratitude―is not the mention
Emily Dickinson

Gratitude―is not the mention
Of a Tenderness,
But its still appreciation
Out of Plumb of Speech.

When the Sea return no Answer
By the Line and Lead
Proves it there’s no Sea, or rather
A remoter Bed?

*****

感謝は言葉じゃない
エミリー・ディキンソン

感謝は言葉じゃない
温かな気持ちの表明とは違う
ありがたさを静かに噛みしめること
それは言葉では測れない

海から反応がないからといって
深さを測れないからといって
海が存在しないとはならないでしょ
深い底にたどりつけないからといって

*****

「ありがとう」と言うだけでは伝えきれない感謝の気持ち。それは、深い海のように静かで深いところにあるものだと、この詩は言っています。

Gratitude―is not the mention
Of a Tenderness,
But its still appreciation
Out of Plumb of Speech.
感謝は言葉じゃない
温かな気持ちの表明とは違う
ありがたさを静かに噛みしめること
それは言葉では測れない

感謝は、単に「ありがとう」と、気持ちを言葉で表明すればいいというわけではありません。その気持ちは、心の奥深くで感じるものだから、still「静か」なものだという主張が、まずグッときます。

考えてみると、言葉にしなくても伝わる感情って、日々の暮らしの中にたくさんありますよね。

泣きそうなのをこらえてるときの沈黙、抱きしめる手のぬくもり、ふっと見せた表情。そういったものから、「あ、この人辛いんだ」とか「自分のこと好きなんだ」と伝わってくることがありますよね。

悲しみとか愛とか怒りとか悔しさとか、感情を強く感じてるときほど、なかなか言葉にならないものです。

しかし、言葉で表現できないからといって、その気持ちを感じていないわけではありません。むしろ、言葉にならないほどに、深く深くその感情を心の奥で感じていることの証明であるとも言えます。

また、言葉にならない気持ちを絞り出して発された言葉だけでは、その気持ちや真の意図は測れません。言葉では「大丈夫」と言っていても、全然大丈夫じゃなかったこと、日常生活ではよくありますよね。

When the Sea return no Answer
By the Line and Lead
Proves it there’s no Sea, or rather
A remoter Bed?
海から反応がないからといって
深さを測れないからといって
海が存在しないとはならないでしょ
深い底にたどりつけないからといって

私たちは世界を、その手触りや計測数値をもとに実体を掴んで、把握し理解します。

ここでは、海深の計測を例に挙げています。レーダーによる計測では、反射した電波の反応 (=Answer) をもとに深さを測ります。古くは、ロープ (=Line) に鉛 (=Lead) の重りをつけて測っていました。そして、海底 (=Bed) が深すぎて数字で測れないからといって、海がないということにはなりません。

それと同じように、感謝も、愛も、信頼も、絆も、目には見えないし数字にもできないけれど、かたちがないからといって、それが存在しないということにはなりません。

愛情の深さを測れなかったとしても、愛はそこにあるわけで、同じように、深すぎる感謝の思いを言葉にできなかったとしても、感謝だってそこにあるわけです。

言葉を交わす前の一瞬のまなざしとか、何も言わずに差し出された手とか、そういうものにこそその人の気持ちが詰まっていますよね。

大切な人の何気ない仕草の中に、「ありがとう」や「大丈夫」が感じられる瞬間、きっと誰にでもあるんじゃないのかなと思います。

*****

今回の訳のポイント

気持ちを言葉で表現できていなかったとしても、その気持ちは確かに存在する、という熱いメッセージが込められたこの詩。

英語では同じことを言葉を言い換えて表現することが多いのですが、この詩でも最大のポイントになっています。

Gratitude―is not the mention
Of a Tenderness,
But its still appreciation
Out of Plumb of Speech.
感謝は言葉じゃない
温かな気持ちの表明とは違う
ありがたさを静かに噛みしめること
それは言葉では測れない

まず、Gratitude も Appreciation もどちらも直訳としては「感謝」となります。しかし、Appreciation には「価値を正当に認める」という意味合いがあります。それは、ただの「感謝」ではなく「ありがたさを噛みしめること」と言えるはずです。

また、Mention「言及」も Speech「発言」も直訳だと、議事録のような響きになってしまいます。

訳としては「言葉」と置き換えましたが、どちらも根本にあるのは「言葉にして伝えること」であるからなのです。

Written by

記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

END