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第279回 灼熱のホームで電車を待っているときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

夏の灼熱のホーム。

立っているだけで汗がじと〜っとにじむ中、電車が来てビューっと風が吹く。

あの一瞬の清涼感、救われますよね。

その名も「猛暑」という詩があって、灼熱のホームに耐えられなくなってくると思い出してしまうんです。

暑い日の駅のホームをイメージして読んでみてください。

*****

Heat
by H.D.

O wind, rend open the heat,
cut apart the heat,
rend it to tatters.

Fruit cannot drop
through this thick air—
fruit cannot fall into heat
that presses up and blunts
the points of pears
and rounds the grapes.

Cut the heat—
plough through it,
turning it on either side
of your path.

*****

猛暑
H.D.

風よ!熱気を引き裂いて
切り裂いて
びりびりに破って

果実も枝についたまま
暑気のぶ厚さに負けている
果実は落ちることなく
熱せられた空気に押し上げられ
洋梨はずんぐりして
葡萄も丸々としてしまう

熱気を切り裂いて
まっすぐに掻き分けて
熱を二つに割って
道をつくって

*****

暑さに、とことんうんざりしているのが伝わってきますよね。

重たい熱気を切り裂く風のイメージが鮮烈で、詩を読んだだけで不思議とスカッとしませんか。

O wind, rend open the heat,
cut apart the heat,
rend it to tatters.
風よ!熱気を引き裂いて
切り裂いて
びりびりに破って

この最初の3行を読んだだけで、ホームで電車を待ちながら、暑さにぐったりしているときの感覚が想像できますよね。

電車が入ってくると、ビューっという一陣の風が吹いて、一瞬涼しくなる。

この感覚を rend「引き裂く」や、 cut apart「切り裂く」や、 to tatters「びりびりに」という言葉で表す詩人らしいセンス!

こうした言葉によって、じと~っと重たい空気が、ぶ厚い段ボールか何か、塊のように思えてくるから不思議です。

Fruit cannot drop
through this thick air—
fruit cannot fall into heat
that presses up and blunts
the points of pears
and rounds the grapes.
果実も枝についたまま
暑気のぶ厚さに負けている
果実は落ちることなく
熱せられた空気に押し上げられ
洋梨はずんぐりして
葡萄も丸々としてしまう

重たい夏の暑い空気は、まるで巨大な風船かのように、どて~っと地面に居座っている。

押し返す熱気のせいで、熟れた果実は地面に落ちてこない。洋梨のとんがりもずんぐり丸く押しつぶされ、葡萄もまん丸になってしまう。

目に見えない夏の日の熱気を、こんなイメージで描くなんてなかなかできないですよね。

Cut the heat—
plough through it,
turning it on either side
of your path.
熱気を切り裂いて
まっすぐに掻き分けて
熱を二つに割って
道をつくって

これはもはや、海を二つに割って道をつくったモーゼじゃないですか!

英語圏の詩の文化では、その背景にキリスト教があるとはいえ、熱気を切り裂けとはなかなかですね。

空気は目に見えないはずなのに、この詩では、まるで深い海のような、ゼリーのような質感があるように感じられます。

夏の日のうだるような暑さを、その温度でなく「重たさ」で表すセンス。

さすが詩人の感覚は鋭い!

*****

今回の訳のポイント

猛暑の日のうだるような暑さを、切り裂いたり掻き分けたりするべき塊に喩えるという斬新なこの詩。

英語の単語が持つ本来の意味を匂わせながら、日本語に訳すのはなかなか至難の業です。

Cut the heat—
plough through it,
turning it on either side
of your path.
熱気を切り裂いて
まっすぐに掻き分けて
熱を二つに割って
道をつくって

英語らしいイメージが表現されているのが、plough「掻き分ける」という単語です。

もともとは、畑を耕して土をひっくり返し、畝を作る作業のこと。そこから意味が広がって、人混みをかき分けたり、藪をかき分けて進んだりすることにも使われます。

真夏のモワ~っとした暑い空気は目に見えませんが、どて~っとした塊のような固形感が出てきます。それも「切り裂く」や「掻き分ける」という表現があるからこそ。

駅でホームに電車が入ってくる一瞬だけ熱気が割れるあの感じ。アスファルトの道路を歩いていて、ビル風が突然スーッと抜ける瞬間。そんな体感に近いんですよね。

このように、イメージの力を使った詩の開拓者と言われるのが、この詩の作者ヒルダ・ドゥーリトル (Hilda Doolittle) です。彼女は H.D. と名乗り、20世紀初めに「イメージの詩」というジャンルの先駆けとなりました。

夏の暑さのどて~っとした重たさを、何か特定の物体に喩えることなく、「引き裂く」「切り裂く」「びりびりに」「掻き分ける」という言葉だけで、イメージさせる。

恐るべし、イメージの詩!

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記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

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