第337回 のび太化する翻訳家
「助けて~、ドラえもん!」
何かあると、すぐにドラえもんを頼る。自分で解決しようとしない、依存心の強いのび太くん。翻訳をAIに頼りがちなこの頃の自分が、のび太の姿に重なります。
AIを活用するようになってから、気になる箇所を思う存分深掘りできるようになったので、精度が上がった反面、時間がかかるようにもなっています。
デジタル作画に移行した漫画家さんが、「拡大すると細かい線の乱れが気になって、どんどん描き込むからすごく時間がかかるようになった」という話を読んだことがありますが、似たような現象が私にも起きているのです。
それに、自分で考えるよりもまずAIに訊くようにもなっていて、思考力の退化も感じます。脳みその皺が浅くなっていくような感覚があるんですよね……。
「手書きで文字を書かなくなったことで、小学校高学年になっても1年生の子のような手書き文字しか書けない」というニュースを見たことがありますが、AIにばかり頼っていると、思考力にも同様の問題が出てきそうです。
そんなデメリットや懸念はありながらも、活用する機会が増えているのは、恩恵を受けていると思えるから。そこで、具体的に実感しているメリットを洗い出してみました。
①表現意図の明確化
自分の訳語がどうもしっくりこない時、「これじゃないんだよなあ……何か他にいい表現ないかな?」と思ってAIに提案してもらいます。選択肢を見ながら、自分が表現したかったことの方向性を明確にできるところにメリットを感じています。
たとえば、自分の訳語の中にはA、B、Cと複数の要素があって、それをAIの提案を見ながら、「この提案はCの要素が強調されてるけど、違うな。Bもちょっと違うし……私の強調したいのはAの要素だったんだ」と、どこを伝えたいのかを探っていく感じです。Aと明確になったところで、Aを伝えるバリエーションをさらにAIを使って検討し、しっくりくるものを選んでいきます。
②構造把握
目の前の文章の翻訳に集中していると、その文章の全体の中での位置づけを見失いがちです。特に私は目の前のことにまっしぐらで、メタ認知ができないタイプ。だから、そこを補ってもらえるのが助かります。
たとえば、先日はこんな内容を翻訳していました。「キリスト教における神との結びつきを表す言葉には、男女間の恋愛に用いられる言葉が多い」という話です。その中で、unitedとjoinedという言葉が出てきました。どう訳しわけようかと、類語辞典を引く感覚でAIに相談したところ、こう表示されました。
- 「結ばれた」:united の訳。霊的・感情的な融合を示す。
- 「交わった」:joined の訳。身体的・象徴的な接触を含む。
単語の羅列の中で登場していたので意識していなかったのですが、前者は神との結びつき、後者は男女間の恋愛の側面が前面に出ています。そういう構造を見落とさないようにしてくれるので助かります。
③相談相手
翻訳で迷うのは、どう判断していいかわからない時が多いと思うんです。「これこれこういう理由で私はこう訳しました」という判断の根拠があればいいんですが、それが見えていないと進めないんですよね。そんな時に、「こう訳そうかと思うんだけど、でもそれだとこういう問題があって……」と、AIと対話をしながら思考を整理していきます。自分の思考を「見える化」していくのに付き合ってくれる相手がいるのは、心強いものです。
そんなわけで、のび太化は今後も進みそうです……。
※月刊「清流」9月号の特集「大人の読書の楽しみ方」に取材記事を掲載していただきました。ご覧いただけたらうれしいです!
※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。
※出版翻訳に関する個別のご相談はコンサルティングで対応しています。