TRANSLATION

日本人になじみが薄い単位の訳し方

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回のレッスンでは、日本人になじみが薄い単位をどう処理するかを見ていきましょう。

例を見てみましょう。

小説の中に She is four feet ten inches tall. という文が出てきた場合、どう訳せばいいでしょうか。

直訳:彼女の背丈は4フィート10インチです。

英文和訳としてはこれで合格点です。しかし「4フィート10インチ」がピンとくる日本人がどれだけいるでしょうか。おそらくそれほど多くはないでしょう。

私がイギリスに留学していたころ、日本で慣れしたんできた単位が使えないのには閉口したものでした。例えば、服のサイズをインチで言われてもわかりませんでしたし、気温にしても華氏でいわれてもピンときませんでした。結局、帰国するまで慣れることはありませんでした。

イギリスに2年いた私でさえそんな感じなのですから、海外滞在型経験のない日本人の多くはインチも華氏もピンとこないことでしょう。

ですから英文中の単位をどうしても残しておいたほうがいい場合を除けば、読みやすくするには日本でよく使われている単位に換算して訳すといいでしょう。

換算式をいくつかあげておきます。

1 inch = 2.54 cm
1 foot = 30.48 cm
1 yard = 0.9144 m
1 mile = 1.6 km
C = 5/9(F-32)
F = 9/5×C+32
1 lb = kg×2.2046

先の訳文を読みやすくするために、まずフィートおよびインチをセンチに換算してみましょう。4フィートは(4×30.48cm)、10インチは(10×2.54cm)ですから、合計147.32cmになります。さきほどの直訳を修正してみましょう。

修正訳:彼女の背丈は147.32センチです。

このように換算した後の数字は端数になることが多くなります。それをぴったり正確にするか、おおよその数字にするかは文脈によって判断しましょう。

ここは小説ですので、科学技術文書のように正確さは求められないと考えられます。したがって端数を四捨五入するのも一つの手です。

宮崎訳1:彼女の背丈は147センチです。

あるいは、もっと大ざっぱに150センチ弱としてもいいかもしれません。

宮崎訳2:彼女の背丈は150センチ弱です。

どこまで正確にするかも文脈によって判断しましょう。

では、このことを頭に入れて次の例を見てみましょう。次の文はアメリカ人女性がタイでの牢獄生活について書いたものです。

The prison conditions were primitive – thirty women to a cell nine feet by fifteen feet.

直訳:刑務所の環境は最低でした。30人もの女性が9フィート×15フィートの小さな部屋に押し込められたのです。

「9フィート×15フィート」を日本人になじみのあるセンチに換算してみましょう。すると「約274センチ×約457センチ」となります。

修正訳:刑務所の環境は最低でした。30人もの女性が約274センチ×約457センチの小さな部屋に押し込められたのです。

これではまだピンと来ないので、約274センチ×約457センチを実際に計算してみましょう。すると約12.52平方メートルとなります。

しかし、ここでは「30人が押し込められるにはあまりにも小さな部屋だった」ことがわかればいいので、約12.52平方メートルと厳密に訳す必要はありません。したがって小数点以下を四捨五入して13平方メートルとしておけばいいでしょう。あるいは四捨五入したことが気になるのであれば「13平方メートルにも満たない」とする手もあります。再度修正してみましょう。

宮崎訳:刑務所の環境は最低でした。30人もの女性が13平方メートルにも満たない小さな部屋に押し込められたのです。

「13平方メートル」というより、何畳くらいの広さかを示したほうがいいと考える人もいるかもしれません。13平方メートルといえば、畳でいえば8畳くらいです。しかしタイの刑務所の話をしているのに「畳」にするのはかえってやりすぎでしょう。

今回のレッスンでは、日本人になじみの薄い単位をどう処理するかを見てきました。そのままなじみの薄い単位のまま訳すのが悪いわけではありませんが、日本人になじみのある単位に換算して訳すと読者がイメージしやすくなるということを覚えておきましょう。

 

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記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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