TRANSLATION

既刊訳書の訳文を吟味してみる(4)

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回も引き続き、既刊訳書から「ここは改善の余地はないかな」と思われる箇所をピックアップし、訳文を改善できないか検討してみます。検討するのは『カーネギー 話し方入門<新装版>』(創元社、2000年)です。

では、さっそく始めましょう。次の訳文は、パブリック・スピーチを教えているカーネギー氏が生徒にスピーチの教訓を説いている箇所です。訳文を読んで、なんとなくしっくり来ない箇所はないでしょうか。

既刊訳書

「勉強した知識はすべて、お客さんのためではなくあなた自身のためなんですよ。手がけている商品のことをAからZまで知っていれば、ちょっと口では説明できないような思い入れも心の中に生じてこようというもの」

「手がけている商品のことをAからZまで知っていれば」という箇所がひっかからなかったでしょうか。「AからZまで」の箇所は原文のfrom A to Zが透けてみえますね。少し考えてみれば、アルファベットの最初がAで最後がZですから、「AからZまで」は「なにからなにまですべて」という意味だろうとは推測できるかもしれません。しかし日本語で「AからZまで」と言えば、一読してスッ意味が頭に入ってくる人は少ないでしょうから、「なにからなにまで」と訳したほうが読みやすくなるでしょう。また、さらに一歩進んで、日本語には「一から十まで」という表現がありますので、それに代えるという手もあります。その他、既刊訳書の訳文を読みやすいように手を加えてみたのが次の訳文です。

宮崎修正案

「勉強した知識はお客さまのためのものではなくて、あなたのためのものです。あなたが商品のことを一から十まで知っていたら、それは言葉では言い表しにくい何かをあなたは得るのです」

訳しているときは原文が頭の中に残っているので、from A to Zをついつい「AからZまで」と訳したくなるでしょうが、原文を忘れるくらいの時間を空けてから、再度、訳文を読み返してみれば、「AからZまで」の読みにくさに気付くかもしれませんね。

次の例を見てみましょう。なんとなくしっくり来ないところはないでしょうか。途中省略した箇所がありますが、じつは前半と後半は話がつながっているのです。どうつながっているかが理解できるでしょうか。その点も踏まえて読んでみてください。

既刊訳書

「デパートはあなたの買った品物を「配達」(delivery)する時、どのようにするでしょう? 配達人が包みをお宅の裏庭に放り込んで、あとは知らんぷりでしょうか?(中略)聴衆は話し手の頭と心から自分たちの頭と心に一つのメッセージが直接伝えられていると肌で感じる必要があるのです」

前半は「配達」の話をしているのに、後半はスピーチの話になっています。一つ一つの文は意味がわかるにしても、どうつながるかが分りにくいですね。原書の英文を見てみましょう。

What does a department store do when it “delivers” the article you have bought?  Does the driver just toss the package into the backyard and let it go at that? (略)The audience must feel that there is a message being delivered straight from the mind and heart of the speakers to their minds and their hearts.

じつは、英語のdeliveryには「配達」という意味の他に「講演をすること」という意味もあり、原著者は配達(デリバリー)するときと講演(デリバリー)をするときの類似点に着目して意見を述べているのです。つまり、話をデリバリーするときも、商品をデリバリーするときと、相手に(商品なりメッセージなりを)受け取ってもらえるようにすべきだと述べようとしているのです。それを読者に理解してもらおうと思えば、「配達」と「講演をすること」に共通点があることが分るような訳文にすべきですね。

では、どのようにすればそれが可能でしょうか。「配達」と「講演をすること」の共通点は英語では両方ともdeliveryというということですから、それが分るように訳すには訳文の中に「デリバリー」という日本語を使うのが一番でしょう。修正したのが次の訳文です。

宮崎修正案

「デパートはあなたが買った商品をデリバリー(配達)するとき、何をするだろうか。ドライバーが包みをあなたの家の裏庭に投げ込んで、それで終わりにするだろうか。(中略)聴衆は、話し手の頭から聞き手の頭へと直接メッセージがデリバリーされた(伝えられた)と感じる必要がある」

日本語でも「配達」という意味で「デリバリー」という言葉を使いますので、訳文に「デリバリー」という言葉を含めてみました。ただ、「講演をすること」という意味で「デリバリー」という言葉を使うことは少ないと思われるので、後半部分は「デリバリー」の後にマルカッコを付けてその意味を付けてみました。こうすれば前半の文と後半の文がつながっていることが分りますね。

今回も既刊訳書から2箇所、しっくり来ないと感じた箇所を吟味してみました。参考にしていただければ幸いです。

さて、お知らせです。

「宮崎伸治氏トークショー」
『作家』『出版翻訳家』『講演家』『多言語話者(マルチリンガル)』『多資格保持者』の“鬼才”宮崎伸治氏が「書き写す」効能についてお話しします。

1 抜群のロングセラー「聖書英語なぞるだけ」ができたきっかけ
費用が回収できる見込みもないのに、なぜ自費出版に踏み切ったのか

2 「なぞるだけ」シリーズの特徴
なぜ外国語を学ぶのか、なぜ書き写すのか、なぜ聖書なのか、その効用について

3 実体験を通して心に響いた聖書の具体的箇所
神を喜ばせる生き方、お金より大切なもの、言葉使いに気をつける、etc

主催:教文館
日時:2024年3月30日(土)14時~15時30分予定
会場:教文館3Fキリスト教書コーナー ギャラリーステラ
参加費:無料(事前申込制)
詳細・申込:下記Webサイト参照

”鬼才”宮崎伸治氏トークショー ―『聖書英語なぞるだけ(増補版)』『フランス語聖書なぞるだけ』出版記念― | Peatix

ひろゆき氏等多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。
https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。

また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。
http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html

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記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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