第679回 作業?思考?どっち?
精神科医・樺澤紫苑先生の書籍の中で興味深い一文を見つけました。それは、「朝一番に執筆活動を行う」というもの。起床直後は頭がクリアな状態。よってその貴重な時間帯に一気に文章を書き上げる、というのですね。先生の書籍執筆はすべて朝の時間帯におこなわれるのだそうです。
一方、スイスの哲学者ヒルティは著書「幸福論」の中で、「朝の時間帯に新聞は読まない」と綴っています。私自身は放送通訳の仕事をしているため、朝からニュースに触れるのが好きですが、フレッシュな一日のスタートを切りたい場合、ネガティブな情報を入れるのも確かに考えものですよね。
さて、本日のタイトルは思考と作業に関するもの。通訳や執筆、授業準備などをする上で最近私はこの分類法を意識しています。具体的に見てみましょう。
まず、「作業」とは「深く考えなくてもできること」を指します。朝、エネルギーがあるうちに「作業」に取り組めば、確かにサクサク進みますよね。でも「単純作業」や「慣れている作業」「深く考えなくても進められる作業」であれば、たとえ夕方の疲れている時間帯であっても一定の成果は期待できます。
一方、「思考」とは自ら考えたり何かを生み出したりすることを意味します。無の状態から産出することでもあるため、スタミナが求められます。よって、夕方や夜の疲れている時間帯に「思考」を必要とする仕事をするのはハードルが高くなりますよね。となると、なるべく朝の元気なうちに「思考」につながる活動はしておいた方が良い、ということになります。
たとえば通訳準備の場合、やることはたくさんあります。資料の読み込み、関係者の講演を動画サイトで視聴する、単語リスト作成、当日の会場までの交通手段やルート調べなどなどです。これらを「作業」と「思考」に分類すると、以下のようになります:
思考:
*資料の読み込み(未知テーマの場合、自分の理解が必要なため、考えながら読む必要があります)
作業:
*単語リスト作成(エクセルであれ手書きであれ、単語を網羅していくというのはいわば「書き写す」作業。よって、深い思考をしなくても進められます)
*会場の下調べ(ルート検索やマップの確認などは、夜の疲れている時間帯でもできます)
このような具合です。こうして分類してみると、どの時間帯に何をすべきかがわかりやすくなると私は感じます。
かつて私は通訳業務の依頼を頂くたびに、この「思考」と「作業」が混同してしまい、効率的な準備ができなかったことがありました。朝の元気なうちに単純作業をしてしまい、そこでエネルギーを消耗してしまうのです。そして肝心の「通訳テーマの勉強」「資料の読み込み」が間に合わないこともあったのですね。
思考力を要する作業を頭が元気な朝・午前中におこなう。そして「作業」をむしろ夕方や夜の「ご褒美」と位置付けた方が、かえってモチベーションが高まるようになりました。
ちなみにジャーナリストの千葉敦子さんは著書の中で、「日中に肉体労働をした人は、夜に読書などの知的活動を。昼間、頭を使う仕事をした人は、夜に手を動かす作業を」と書いておられます。千葉さん自身、夜は料理や編み物をするなど、手を動かすことでリラックスできたと説いています。
読者のみなさまの参考になればうれしいです。ちなみに来週火曜日の本稿は5週目なのでお休み。また5月6日にお目にかかりましょう!
(2025年4月22日)
【今週の一冊】
「新訳 成功の心理学」デニス・ウェイトリー著、加藤諦三訳、ダイヤモンド社、2012年
先週ご紹介した”The Active Workday Advantage”の著者のリジー・ウィリアムソンさんが、本の冒頭で紹介していたのがウェイトリー氏のことばでした。私はウェイトリー氏のことを知らなかったのですが、以下の文章は実に印象的でした:
“Change the changeable, accept the unchangeable, and remove yourself from the unacceptable.”
(変えられることは変える、変えられないことは受け入れる、そして受け入れられないことからは自らを遠ざけよ。)
これは神学者・二ーバーの祈りにも似ていますよね:
“God, grant me the serenity to accept the things I cannot change, courage to change the things I can, and the wisdom to know the difference.”
(神よ、変えられないものについては受け入れる落ち着きを、変えられるものについては変える勇気を、そして両者の違いを見極められる賢さをお与えください。)
さて、今回ご紹介するウェイトリーの本。心理学者・加藤諦三(かとうたいぞう)先生の和訳が実に読みやすい一冊です。「成功」と聞くと、最近では「勝ち組・負け組」という言葉を連想しますが、最初からそのような二分法にしてしまうのはあまりにももったいないと私は考えるのですね。本書で唱えられているのは、充実した人生を生きるための様々なヒント。つまり「心構え」さえ有していれば、誰でも自分が納得する成功を導けるという内容です。
中でも私にとって印象的だったのは、「恐怖からの忠告に耳を傾けないこと」(p85)という文章。何かをしようと思った際、脳内でそれを阻もうとするシナリオが生じるのはよくあることです。でも、それに屈してしまえば前進できません。だからこそ成功者や楽観主義者の傍にいた方が、良い刺激とモチベーションを得られる、というのがウェイトリーの考えです。
「勝者は、ほかの人々から搾取することなく、皆で勝者になろうという姿勢をとる」(p182)、「敗者は愛情と信用をお金で買おうとする」(p167)、「敗者は自分が攻撃される前に相手をやっつける」(p168)など、人間関係においても示唆に富むことばが本書にはたくさん紹介されています。
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