TRANSLATION

二重否定文の訳し方

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回のレッスンでは、二重否定文の訳し方を見ていきましょう。

「~でない○○は・・・ではない」というのが二重否定ですが、マイナスの数字にマイナスの数字を掛け合わせるとプラスになるように、二重に否定すると内容自体は肯定になります。

例を見てみましょう。

There was no one who did not feel tired.
訳例1:疲れを感じない人はいなかった。

この訳が悪いわけではありませんが、場合によっては次のように肯定文として訳すこともできます。

訳例2:だれもが疲れを感じていた。

ただ、訳例1と訳例2とでは内容は同じでもニュアンスが違います。どちらで訳すかは文脈から判断しましょう。

次の例を見てみましょう。

次の文はアインシュタインの伝記からの抜粋です。

アインシュタインは「ルール破りの名人」であった。彼が偉大なのは、ルールを破ることによって、斬新なアイデアを生み出したからだ。

アインシュタインは “All rules can be broken.”(どんなルールでも破ることができる)と主張しているのですが、別の箇所では、同じことを言葉を変えて次のように表しています。

No rule is inviolable.

この英文は一見すると二重否定ではなく、ふつうの否定文のように見えます。no や not などの否定語がひとつしか使われていないからです。しかし最後の inviolable の in は violable を否定する語幹ですから、この文も二重否定と考えることができます。

では、どう訳すといいでしょうか。

まず、むずかしいのは inviolable という単語です。当然ならがら辞書を引くことにします。すると「不可侵の」とか「神聖な」という訳語が出てきます。「不可侵の」という言葉は少し難しいので、ここでは「神聖な」を使って訳してみましょう。

直訳:神聖なルールなどない。

訳すことはできましたが、本当に「神聖なルールなどない」のでしょうか。甚だ疑問です。もっと頭を働かせてみましょう。

先に述べたように、inviolable は violable に in が付けられて否定形になっています。ということは、 violable が「破ることができる」という意味ですから、inviolable は「破ることができない」と訳してもよいはずです。「破ることができない」として修正してみましょう。

修正訳:破ることができないルールはない。

これでもまだ読みづらい感じがします。では、先ほど学んだテクニックを使って肯定文で言い換えてみましょう。

宮崎訳:どんなルールも破ることができる。

「破ることができないルールはない」も「どんなルールも破ることができる」も内容はまったく同じですが、二重否定の前者より後者のほうが読みやすいといえるでしょう。

さて、では、もうひとつ二重否定の文を見てみましょう。同じくアインシュタインの伝記から引用したものです。

No one tries to solve impossible problems – they are impossible.

これを先のテクニックを使って訳すとどうなるでしょうか。二重否定をやめて肯定文で表すと次のようになります。

訳例:だれもが解決できる問題を解こうとする。それは不可能なのだ。

しかし、これでは最初の文の意味が変わっていますし、その後の文とも合いません。

こういう場合は、二重否定を肯定文に直して訳すのではなく、そのまま二重否定のまま訳しましょう。

宮崎訳:不可能な問題を解こうとする人はいない。というのも、それらは不可能だからだ。

この例のように、そのまま否定文で表したほうがいい場合もあります。

さて、次は否定文ではなくても、意味として否定的な内容である場合を見てみましょう。

Who knows what will happen tomorrow?

まずは直訳してみましょう。

直訳:明日何が起こるかだれが知っているだろうか。

しかし本当に著者が言いたいことは否定的な内容だと考えることもできます。したがって次のように否定文として訳すことも可能です。

訳例:明日何が起こるか知っている人などいない。

では、このように意味としては否定的な内容の疑問文で、その中に二重否定が使われている場合を見てみましょう。

Who doesn’t know that he was there?

直訳:彼がそこにいたことをだれが知らないというのか。

これでは日本語として不自然です。肯定文として訳してみましょう。

宮崎訳:彼がそこにいたことはみんな知っている。

これで自然な日本語になりました。

今回のレッスンでは、二重否定の場合の訳し方を見てきました。

 

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記事を書いた人

宮崎 伸治

広島県生まれ。大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。
産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業、日本大学法学部および商学部卒業。
英検1級、英単語検定1級等英語・翻訳関係の資格23種類を含め、法律関係、IT関係、教養関係等の資格を含め合計130種類を超える資格保持。
趣味は英語、独語、仏語、西語、伊語、中国語の原書を読むこと。
ソフィア・外国語研究協会代表
https://w-sophia.com

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