TRANSLATION

「時間」の訳し方

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回のレッスンでは、「時間」の訳し方を見ていきましょう。
まず最初の例を見てみましょう。

場面は白い子猫が親猫に顔を洗ってもらっているところですが、最後の quarter of an hour をどう訳すか考えてみてください。

For the white kitten had been having its face washed by the old cat for the last quarter of an hour.

まず直訳してみましょう。

直訳:白い子猫は15分前からずっと親猫に顔をきれいにしてもらっていた。

英文和訳としてはこれで合格です。ただ、日本語として読んだときに、どうしても「15分」というところがひっかかります。なぜ「15分前から」ときっちり言っているのだろうか、と読者を惑わせてしまいかねません。

訳文を読んでいて違和感を感じた場合、元の英文を見直してみましょう。「15分」に相当する英語は何でしょうか。fifteen minutes ではなく quarter が使われています。fifteen minutes が使われていたのなら「15分」以外の訳しかたはできませんが、quarter は別の訳しかたが考えられないでしょうか。

ここで英英辞典を引いてみましょう。Collins English Dictionary には次のような定義が載っていました。

quarter = one of four equal or nearly equal parts of an object, quantity, amount, etc.(物体の量、額などの4分の1またはおよそ4分の1。訳は宮崎)

ここで気をつけていただきたいのは、quarter の意味は「4分の1」または「およそ4分の1」だということです。つまり「15分」という意味以外にも「およそ15分」という意味があるということです。

日本人は1時、1時半、2時、2時半・・・時間を半時間単位で考える傾向がありますが、英語話者は1時間を4分割して、1時、1時15分、1時半、1時45分、2時、2時15分・・・というふうに15分単位で考える傾向があるのです。

私がイギリス留学中、パーティなどに招待されたとき、集合時間が a quarter past five(5時15分)とか、a quarter to five(4時45分)とか、日本人である私から見れば中途半端な時刻だったことが多々ありました。しかしイギリス人にしてみれば、常日頃から1時間を4分割して考える傾向があるので中途半端というわけではなかったのです。

さて、では例文の英文はどのように訳すべきでしょうか。日本語で15分といえば、「きっかり15分」というイメージが強くなりすぎますが、原著者は「15分」をことさら強調しようと思っていたのではなく、「少し前から」という意味でしか使っていないように思えます。その辺を考慮して訳文を修正してみましょう。

修正訳:白い子猫は10分くらい前からずっと親猫に顔をきれいにしてもらっていた。

「10分くらい前」とすれば、日本語として読んでも不自然な感じは受けません。原文の quarter をどうしても「15分」と訳さなければならないのなら別ですが、読みやすさを優先する上でこれくらいの操作は許容範囲でしょう。

さらに読みやすくするために大胆に「少し前から」と訳してもいいかもしれません。

宮崎訳:白い子猫は少し前から親猫に顔をきれいにしてもらっていた。

もう一つ例を出しましょう。

Many years ago, Margaret Thatcher amazed supporters by wearing a rose at her party’s annual conference.

冒頭の many years ago はどう訳せばいいでしょうか。まずは直訳してみましょう。

直訳:多年前、マーガレット・サッチャーが党の年次総会でバラを身に付けて現れ支持者を驚かせたことがあった。

「多年」をもっと自然な表現に変えられないでしょうか。

ひとつ考えられるのは「何年も前」でしょうが、「何年の前」と聞いて、どれくらい前のことを思い浮かべるでしょうか。5年でしょうか。8年でしょうか。きっと多くの人は1桁の年数を思い浮かべるのではないでしょうか。

しかしマーガレット・サッチャーが首相として活躍していたのは30年以上前の話です。それを考えると「何年も前」より適した表現を探したくなるものです。「何十年も前」とする方法もないわけではありませんが、ちょっと大げさな感じになります。

こういう場合は、「年」という言葉をあえて使わず、「かなり昔」と訳すのもひとつの手です。原文に「year」があるからといって、必ずしも「年」を訳の中に使わなければならないというわけではありません。修正してみましょう。

宮崎訳:かなり昔の話だが、マーガレット・サッチャーが党の年次総会でバラを身に付けて現れ支持者を驚かせたことがあった。

今回は時間に関する表現の訳し方を見てきました。正確に訳せば英文和訳としては合格点かも知れませんが、日本語として違和感を感じるような訳文では翻訳としてはいい翻訳とはいえません。日本語として読んだときに違和感がないように訳すことを心がけましょう。

 

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記事を書いた人

宮崎 伸治

広島県生まれ。大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。
産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業、日本大学法学部および商学部卒業。
英検1級、英単語検定1級等英語・翻訳関係の資格23種類を含め、法律関係、IT関係、教養関係等の資格を含め合計130種類を超える資格保持。
趣味は英語、独語、仏語、西語、伊語、中国語の原書を読むこと。
ソフィア・外国語研究協会代表
https://w-sophia.com

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