TRANSLATION

婉曲表現のご紹介(3)

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回は和訳レッスンを一休みして、「お金」に関する婉曲表現を見ていきましょう。ぜひ肩の力を抜いて読んでください。

お金にまつわる言葉は古くから非常に多くのスラングや婉曲表現が使われてきました。ただしスラングはきれいな言葉ではありませんので、ここでは婉曲表現をご紹介していきます。

〇 resources, funds, finances
同じ money のことについて話すときも、money を使わず resources、funds、financesといったほうが響きがよくなることがあります。これは日本でも「お金」とダイレクトにいうより「資源」とか「資産」と言ったほうが響きがよくなるのと似ています。

例を見てみましょう。

Investors agreed to pool their resources to develop the property.(投資家たちは資産を増やすために資金を出し合うことに同意した)

〇 wherewithal, needful
金銭的余裕がないときは、wherewithal(十分な金)や needful(お金)という言葉を否定語とともに使う言い方があります。

例を見てみましょう。

They didn’t have the wherewithal to survive the recession. (彼らには不況を乗り切る資金がなかった)
I don’t have the needful.(私にはお金がない)

〇 creative
creative は「創造的」「想像力に富んだ」という意味がある言葉ですが、金融の世界では「隠す」とか「だます」というニュアンスで使われることがあります。

creative accontancy(または creative accounting)を直訳すれば「創造的会計」となりますが、これは利益操作をすることを意味し、日本語でいう「粉飾決算」や「帳尻合わせ」に相当します。

また「創造的会計」をすることを婉曲的に massage the figures ともいいます。直訳すれば「数字をマッサージする」となりますが、massage には「(事実を)ゆがめる」という意味もあるのです。

adjustは「調整する」という意味の単語ですが、creative と同じような意味で使われることがあります。例として、exchange-rate adjustmentとか currency adjustmentなどが挙げられます。

〇negative
negative という言葉をくっつけて使うと、本来は望ましくないことを婉曲的にいって響きを良くすることができます。

例えば、negative saver は「借金をしている人」のことをこういいますが、saver が「貯蓄家」という意味なので、それに negative を付けて逆の意味の言葉を造っているわけです。

negative equity はそのまま「ネガティブ・エクイティ」と訳されますが、住宅や自動車などをローンで購入した後、市況(中古市場等)の悪化で資産価値(評価額)が急落して、返済しなければならないローン残高を下回ってしまうことをいいます。「マイナスの財産正味価額」と訳されることもあります。

negative growth(マイナス成長)は「不況」を意味しますが、ダイレクトに ecnomic contraction というより響きがよくなります。

○easy terms
「分割払い」のことです。収入が支払いに追いつかなければ、けっして easy(楽)ではないのですが、それはさておき、「分割払い」のことを婉曲的にこういうのです。

○churn
churn には「かき回す」という意味がありますが、「(銀行・ブローカーが投資家の証券を手数料を増やすために)過度に売買させる」ことを婉曲的にこういうことがあります。churningと名詞形にすれば「(手数料収入を得るために行われる)株式などの過剰売買」という意味になります。

○service
serviceには「(国などが債務の)利息を払う」という意味もあります。service one’s debt で「借金の利息を払う」となります。

○「カルテル(cartel)」とは「同一業種の各企業が独占的利益を得ることを目的に、競争を避けて価格の維持・引き上げ、生産の制限、販路の制定などの協定を結ぶ連合形態」のことですが、ビジネスパーソンは cartelという言葉を使うのを避ける傾向にあります。そのかわりに price-linking、orderly marketing、parallel pricingなどといいます。アメリカでは structured competition ということもあります。

○black economy
「隠し所得」「不法所得」「闇経済(税などを逃れる不法な経済活動)」のことです。

今回は「お金」に関する婉曲表現を見てきました。お金はセンシティブな話題ですので婉曲表現を使うことも会話をスムーズにする一つの方法といえるでしょう。

次回はまた和訳レッスンに戻ります。

 

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記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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