TRANSLATION

婉曲表現のご紹介(1)

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今まで4回連続で「出版翻訳家による和訳レッスン」を担当してまいりました。
今回は「和訳レッスン」は一回お休みして興味深い英語の婉曲表現をご紹介いたします。ぜひ肩の力を抜いてお読みください。

婉曲表現は日本語にもあります。たとえば「便所に行ってきます」という代わりに「お手洗いに行ってきます」と言うことがありますが、これはそのほうが感じよく聞こえるからです。このようにストレートに言うと感じが悪い言葉をソフトに言い換えるのが婉曲表現の存在理由といえます。

英語にも日本語と同じように婉曲表現があります。しかしこれが意外とくせ者なのです。なぜなら簡単な言葉で表現されていることが多いからです。簡単だからといってそのままよく使われる意味で訳してしまうと原文のニュアンスが伝わらないことが多々あります。

今回は婉曲表現の中でも特に犯罪に関わる婉曲表現をご紹介しましょう。

●「盗む」に相当する英語の婉曲表現
誰からのものを許可なく手に入れる行為はstealに相当しますが、stealという言葉は露骨すぎるので、婉曲的にacquire, borrow, find, obtainなどで代用する場合があります。

例を見てみましょう。
He left on a brand-new bicycle that he had “found” in the building.(彼はビルの中で‘失敬した’真新しい自転車に乗って去った)。
この英文中のfoundは単に「見つけた」のではなく「盗んだ」ものを婉曲的に言っているのです。この例ではfoundが” ”で囲まれているので婉曲表現であることがすぐに分かります。

ほかにもstealを婉曲的にattractを使って言い表すことがあります。これは「盗む人の意志ではどうにもならない力が働いてモノを引き寄せる」というニュアンスを込めるときに使います。

●「横領」に相当する英語の婉曲表現
「横領」に相当する一般的な単語は embezzlementですが、peculation とか misapplicationを使えば、意味は同じでも少しぼやかした言い方になります。
もっと簡単な言葉でも「横領」を表すことができます。

例を見てみましょう。まず、appropriate が使われている例です。
He appropriated the trust funds for himself. (彼は信託基金を横領した)。

次はpocket が使われている例です。
The society’s treasure was assured of pocketing some of the profit.(協会の会計係が利益の一部を着服したとして訴えられた)

次はsiphon off が使われている例です。siphon offはもともとは「液体を(サイフォンで)吸い上げる」という意味ですが、「流用する」という意味でも使われます。
He siphoned off political funds. (彼は政治資金を流用した)。

次は fingers in the till が使われている例です。tillとは「店のレジ」のことですが、直訳すると「レジに指を入れる」である fingers in the tillが「横領する」という意味で使われます。
She was fired because it was found out that she had her fingers in the till.(彼女は公金横領で首になった)
tillが使われているほかの例として have one’s hand in the till (自分の働いている店の金を盗む)もあります。

●「盗品の」という意味の婉曲表現
盗品というとき、hotという言葉が使われることがありますが、盗品を売る目的があるというニュアンスがある場合、bentが使われます。
Don’t buy that car. I think it’s hot. (あの車は買うな。盗品だと思う)
hot が婉曲表現として使われていることがわからなければ、大変な勘違いになります。よく使われる意味である「熱い」と解釈するとおかしいと思ったら、辞書を引いてみましょう。最後のほうに「盗んだばかりの」という定義が載っているでしょう。

bentは「曲がった」という意味で使われることの多い英単語ですが、「盗品の」という意味もあります。
He sold bent goods. (彼は盗品を売った)

婉曲表現が理解できるようなれば、小説やエッセイなど婉曲表現が使われている英文を読むときに、より深く理解することができるようになります。英文を読んでいて、意味が分からず、もしかしたらこの英語表現は婉曲表現かもしれないと思ったときは、英和辞典を引いてみましょう。意外や意外、婉曲表現であっても、その意味は載っていることが多いものです。こうしてひとつひとつ婉曲表現を理解することにより、出版翻訳家としての腕が磨かれていきます。

次回はまた「和訳レッスン」に戻ります。

 

拙書『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が発売中です。出版翻訳家(およびその志望者)に向けた私のメッセージが詰まった本です。参考まで手に取っていただければ幸いです。

Written by

記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

END