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中国語通訳者・翻訳者インタビュー ここでは第一線でご活躍されている中国語の通訳者・翻訳者の生の声をご紹介します

Vol.6 河本佳世さん「人と人との懸け橋になる仕事」

【プロフィール】
河本佳世さん Kayo Kawamoto
中国北京生まれ。高校までを北京で過ごし、筑波大学に留学。卒業後、日本で就職し大手商社に勤務。仕事と両立させながら通訳学校に通う。現在、中国語通訳業・翻訳業の他、NHK国際放送中国語アナウンサー、サイマル・アカデミー中国語通訳者養成コース講師、大妻女子大学非常勤講師、中国語ナレーターとしてもご活躍中。

Q.なぜ、留学先として日本を選ばれたんですか?
 1960年代に起きた中国の文化大革命で、私の両親が大変苦しい思いをしました。その経験もあり、両親は出来るならば子供に海外で勉強させたいという思いが強かったです。私自身も海外に興味がありましたので、まずは行く前の力試しのつもりで北京の大学を受験しましたがやはり海外で勉強したいと再認識しました。それで親に相談し、留学する事に決めました。正直に言うと、アメリカに行きたかったのですが、まだ当時18歳だったので両親の心配もありました。そこで、親戚もいて親近感のある日本に行くことにしました。私は理系ですので、日本の大学でもバイオテクノロジーを勉強しました。実はまたアメリカ留学を諦めていなくって(笑)日本の大学を卒業したら大学院はアメリカに行こうと思っていました。

Q. どうやって日本語を勉強されたんですか?
 日本への留学が決まってから、大学で日本語を勉強している人に家庭教師になって教えてもらいました。約半年くらい特訓してもらいましたが、難しくて全然覚えられませんでした(笑)。結局何も分からないまま日本にやってきました。私は国からの奨学金もありませんでしたし、当時の中国は決して裕福ではなかったので、語学学校に通いながらすぐにマクドナルドでバイトをはじめました。当時は留学生が珍しかったようで、一緒にバイトをしていた子も同じ学生だったので毎日日本語を教えてくれたんです。昼間は学校で勉強して、夜はバイト先で実践して行くうちに日本語を覚えていきました。やはりもっと早く、もっとたくさん友達と話したいという気持ちが大きかったですね。

Q. 日本語を勉強する上で、一番難しかった事はなんですか?
今でもそうですが、「て・に・を・は」の使い方を覚えるのに一番苦労しました。国立大学に受験するために、必要な日本語検定1級は取りましたが、実際に授業(生物化学)で必要な理系の固有名詞を覚えるのがとても難しかったです。もちろん中国でも有機化学は勉強しましたが、全部漢字に直してあるので、中国語で覚えた専門用語から日本語が連想できないんです。最初は本当に気合いを入れて、授業でも一番前の席に座って先生を見ていたんですが、先生が何を言っているのか全然分からなくて10分経たないうちに寝てしまったんです。それで「寝るなら、一番後ろに座れ!」と怒られました(笑)。
ただ、やはり留学生が少ない分、周りからとても親切にしてい頂いて、同級生の友達もたくさんできたのでとても恵まれていました。本当に楽しい大学生活でした。

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Q. 大学卒業後はアメリカの大学院を目指されていたとの事ですが、いつ頃から日本に残る気になったんですか?
 筑波大学は教育大学ですので、4年生の時に教育実習にも行って、理科の教員免許をとりました。また、卒業の時には日本がバブルの最後の時で日本経済がすごく良かったですし、友達もたくさんできて、日本の事が大好きになっていたんです。このまま日本で働いても面白いなと思うようになりましたし、日本の会社で働いてみて、もう少し日本の事が知りたいという気持ちに変わりました。

Q. お仕事はバイリンガルとして語学を活かして就職されたんですか?
 いいえ、大学で勉強した事を活かし最初は医療機器会社に研究職として入社しました。新人研修がまず大阪の本社で始まりましたが、研修中にいきなり秋田に異動させられ、中国から来た研修生のお世話をしながら私自身も急遽秋田で研修に入ることになったんです。そのまま6ヵ月間秋田にいました。その間、中国から来た研修生のお世話の中で通訳もしましたし、ホームシックにかかった子達を色々な所に連れて行ったり、餃子パーティーをしたりと、大学生のノリのまま(笑)で凄く楽しかったです。結局6か月の研修を終えて、その会社はやめてしまいました。研修の後は研究所に戻り毎日白衣を着て仕事をする予定でしたが、半年間中国人研修生との意思疎通のお手伝いをする業務をしてきたので、もう少し'対'人間の仕事がしたいと思うようになったんです。たまたまその時に大手商社よりお声掛けを頂いて、そのまま転職しました。そこでは食料本部に配属されて中国担当として仕事を始めました。

Q. 通訳・翻訳者になろうと思ったのはいつ頃からですか?
 商社で働いていた時、業務の一環として社内の通訳翻訳を沢山しました。ただ、実は私はそこまで日本語を専門的に勉強した事が無かったので、初めて翻訳した時に先輩に真っ赤に書き直されました(今でも記念にとってあります)。その時に初めて言葉の難しさを肌で感じました。その先輩に一対一で日本語を教えてもらい、出張報告など、書類も全てチェックして頂いてビジネス日本語も覚えていきました。職場でも本当に恵まれていましたね。入社して半年くらいで、中国出張に行って初めて通訳業務を担当させて頂きました。その頃仕事を通じて知り合った方に、もっと通訳の勉強をしたいのならば、と通訳学校を紹介して頂き、土曜日のクラスに通い始めました。また、1994年は日本が米の不作の年で、海外から緊急輸入する事態になりました。商社1社では出来ないので、当時の食糧庁と商社会で現地に行って交渉したりした時も、第一線で駆り出されました。その時に、バイリンガルの大先輩や各組織のトップの方たちのお仕事ぶりを見て現場で覚えました。結局、総合商社の食料本部には7年間在籍していました。その中で営業、投資関係、輸出入と商社の仕事を一通り経験させて頂きました。そのうち、人と人との懸け橋になって意思疎通のお手伝いをした方が充実間や達成感を感じ始めたんです。その頃から通訳者としての独立を考え始めました。

Q.通訳の魅力を教えてください。
 100%ではありませんが、自分の好きな時間に仕事が出来る。色んな分野の仕事が出来て、色んな方との出会いがある。そしていろんな勉強が出来るのが通訳の醍醐味です。また、仕事が終わってから「有難う」、「通訳さんのおかげでうまくいった」とクライアントに言われた時は本当に嬉しいです。
商談通訳の場合などは、交渉する両者が厳しい交渉を経て、最後握手で終わった時は、成功したな、良かったなと思いますね。少しでもニュアンスが違うとかみ合わなくなってしまうので、そこは通訳者の力量だと思います。一方、同時通訳の場合は、特に質疑応答の時などは、原稿がなくどんな質問が飛び交うかが分かりませんので、特に専門性の高いものはQ&Aがうまくいった時は本当に安心して達成感を感じます。

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Q. 通訳の難しさは何ですか?
 先日の仕事で、講演者が「おバカキャラ」という言葉を使った時に、初めて来日した中国人大学生はおバカキャラを知らないので、原稿になくてもその背景も付けて通訳をしたんです。そうしたらスピーカーの方から「君の通訳は長いね」と言われました。私は原稿になくても、きちんと相手に伝えたい、行間の意味まで理解してもらいたいと思って通訳をしていますから、その点は本当に難しいですね・・。
 
Q.今後の夢や目標を教えてください。
 まだまだ通訳者として一人前ではないですし、経験も浅いですので、日々勉強して、一流の先輩通訳者を目指して一歩一歩前進して行きたいと思います。普通のお仕事ですと、毎日の仕事の積み重ね、成果で評価してもらうことができますが、通訳の場合はある意味で、100%出来て当たりまえと思われがちです。 100点から減点法で評価され、最後に何点残っているかが最終評価になってしまいます。100点はまだまだ見えない目標ですので、減点要素を減らせるように日々努力して行くしかないですね。

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【河本さんが翻訳をした本】*年末年始に缶詰め状態で大変な苦労をされた一冊です。

Q. 通訳・翻訳者を目指されている方へのアドバイスをお願いします。
 1つは、好奇心を持つことが何よりも大切だと思います。色々な事に対してこれはなぜ?と思うことが大切で、それがないと勉強しても身に着かないですからね。2つ目に、通訳者は浅く広くと言われますが、やはり自分の得意分野を持つことが大切だと思います。この分野なら私に任せてください!と言えるような分野があったほうが強いと思います。
また、教える立場で生徒さんたちを見ていて、読書量が少ない気がします。これは私自身にも言えることですが、語学を勉強する上で文字をたくさん読むことが大切だと思います。

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【河本佳世さんの七つ道具】
*すべて赤で統一。中国では年女が赤を付ける風習があるようで、河本さんも急に赤を集めはじめたとの事。
■電子辞書
■手帳
■ノートパソコン
■DS(漢字検定のお勉強用)
■シャーペン付き四色ボールペン(優れもの)
■携帯

編集者後記:
 あまりにも綺麗な河本さんの話方に、質問する自分が恥ずかしくなりました。そしてその緊張で更にメチャクチャな日本語に・・。大学生活や商社でバリバリ働かれていた時のお話も聞き、まさに誰もが憧れる強く賢い女性という印象でした。私も河本さんのように素敵な女性を目指して頑張ります!まずは日本語の勉強からでしょうか・・・。


中国語通訳者・翻訳者インタビュー


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