INTERPRETATION

Vol.9 「努力は人を裏切らない」

ハイキャリア編集部

中国語通訳者・翻訳者インタビュー

【プロフィール】

戴一寧さん Ichinei Tai

中国・上海出身。

中学校より日本語を学び始め、上海外国語大学・日本の大学院を経て

日本の大手電気設備会社にて社内通翻訳に携わる。

その後2004年よりフリーとなり、現在は通訳専門学校と大学の非常勤講師を務めるかたわら通訳と翻訳でも活躍中。

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Q1、本日は中国語通訳者としてよくお仕事をお願いしている、戴さんにインタビューさせていただきます。いつもお世話になっております。今日はよろしくお願いいたします。戴さんは上海の生まれだとお伺いしたのですが、日本語を勉強しようと思ったきっかけから教えてください。

私が小学校を卒業する年に、中国は改革開放政策が始まり、外国語がわかる人材の育成に力を入れ始めました。そんな背景の中、私は小学校の担任からの推薦を受け、上海外国語大学付属中学校を受験し、運よく日本語クラスの第一期生として入学しました。それから中学、高校、大学と10年間日本語の教育を受けました。最初は日本語どころか、日本の情報は一切知りませんでした。ただ日本は経済的に発展しているので、漠然とではありますが将来の仕事に役立つのではないかと考えていました。上海外国語大学を卒業し日本の大学院に留学しました。

Q2、日本に最初に来られた時にカルチャーショックはありましたか?

全くなかったです。大学で日本経済や文化について学んでいましたし、日本のドラマも見ていました。初めて来日した時にはすべて受け入れて、日本はなんて素晴らしい国だろうと思っていました。ただ何年か住むうちに、日本で結婚、出産、仕事を通して、私の理想と欠け離れている一面も見え始めました。きっとその時初めて日本の本当の姿が見えたのかも知れません。最初は憧れの気持ちが強かったのですが、今は日本のいいところも悪いところもすべて受け入れて生活しています。故郷の上海は街も変わって、女性も美しくなりました。ただ夫は日本で働いていますし、子供も日本で教育を受けています。生活の基盤が日本にできています。何といっても日本が好きです。ここで暮らし始めて22年になりますが、これからも日本で暮らしていくことになると思います。

Q3、大学院を卒業後は、日本の企業に就職されたのですよね?

はい、私の社会人生活は日本でスタートしました。11年間、日本の企業で働きました。当時は社内通訳や翻訳、現地法人の経理事務などを担当しました。社内通訳だとどうしても限られた分野の仕事になってしまうので、段々物足りなく感じるようになりました。もっと広い世界を見てみたい、自分の語学力を活かしたいという気持から、仕事を続けながら通訳学校に通い始めました。それまでは自己流で通訳をしていましたが、学校では本当に多くのことを学びました。通訳技術だけではなく、通訳者としての姿勢も学びました。ある先生は事前打ち合わせの際に、会議内容の事前確認だけでなく、スピーカ―の訛りや話すスピードなども確認されます。私たちより前世代の中国人スピーカーは、方言交じりの北京語を話す人も多いんです。会議を成功させるための、通訳者としてのプロの姿勢を感じました。

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Q4、仕事を通して、先ほどおっしゃっていた日本の本当の姿が見えてきたのでしょうか?

そうですね。女性が仕事と子育てが両立できる環境がまだ不十分ですね。会社における女性の地位も低いように思います。通訳学校に通い始めたのも、子育てをしながらも自分の空で羽ばたける生き方を探したいという思いからかもしれません。

Q5、それで思い切ってフリーランスに?

フリーランスになったのは2004年です。通訳学校を卒業した後、仕事も少なく不安な気持ちでいっぱいでしたが、思い切って会社を辞めました。通訳学校での勉強は大変でしたが、現場に出てからのほうがより大きなことを学べたような気がします。単語力をつけるため、単語帳を作りました。分野別に専門用語をパソコンで管理し、新聞やニュースなど日々の生活の中で耳にする知らない単語はすべて書きとめて、中国語訳を調べて単語帳に書き足していきました。そして仕事の資料は丸暗記するぐらい読み込んで、現場に臨みました。中国語の新語は、ニュースやネットで常時キャッチアップしています。とにかく一つ一つの仕事を誠実に、丁寧に対応していくように心がけています。ありがたいことに、今ではいろんな分野の仕事のご依頼をいただくようになりました。引き受けた仕事はベストを尽くして準備して臨みます。また現場ではどんなことがあっても、クライアント目線で臨機応変に対応するように心がけています。

Q6、好きな分野や印象に残った仕事を教えてください。

日本の税制や社会保障システム、地方分権など日本に対する理解を深める内容が好きです。印象に残った仕事は、江沢民氏のご子息の通訳をしたことです。個性のある方ですごい印象に残りました。今後は国際会議での同時通訳の機会がもっと増えるよう経験を積まなければなりません。また、医学分野の仕事もチャレンジしてみたいと思います。

Q7、日本語の発音で難しい音はありますか?

外国人が中国語を勉強する場合、中国語にしかない母音があるのでそこが難しいと思いますが、逆に中国人にとって難しい日本語の発音もあります。例えば「ふ」の発音です。中国語だと英語のFの「ふ」に近いので、歯と下唇が付くのですが、日本語の「ふ」の場合はふんわりとしたもので、中国人にとって難しいところでした。自分では気づかないこともありますが、日本語のイントネーションも難しいです。正しいイントネーションをマスターするのが私の課題です。中国語には4つのイントネーションがありますが、これさえマスターできれば、後は決まっているので覚えればいいだけです。しかし日本語の場合はイントネーションが難しい。辞書にイントネーションは載っていませんよね。「ぎちょう↑(議長)」なのか「ぎちょう↓(議長)」なのか分りません。NHKのイントネーション辞書を参考に勉強しています。ニュースのシャドーイングも怠らずに頑張っています。

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Q8、お子さんとは家庭の中では中国語でお話されるのでしょうか?

子供は生後7か月から保育園に預けていますので、日本語の環境で過ごしています。子どもにとっては母国語は日本語です。なんとかバイリンガルの環境を作ろうと努力しましたが、今は挫折しています。私が中国語で話しかけて、子供が日本語で答えるといった形です。中国語のヒアリングは出来ますが、難しい言葉はまだ理解できないようです。子どもには日本語を母国語としてきちんとマスターしてほしいと思います。そのうえに中国語を勉強してくれればと思います。

Q9、今は出張の仕事も受けていらっしゃるのでしょうか?

はい、日本国内や、時々中国や台湾に出張します。中国では共働きは普通なので夫も理解してサポートしてくれます。出張は通訳だけでなく、以前働いていた会社からも依頼されます。私は以前、現地法人の経理を担当していましたので、決算期の人手が足りない時に、現場所長にヒアリングをしたり、レポートにまとめて日本の本社に報告します。

Q10、大学でも教えていらっしゃいますよね?

はい、杏林大学で教えています。フリーランスになってから、杏林大学大学院で日本初の日中同時通訳コースが開講され、私は一期生としてもう一度同時通訳を勉強しました。現場でぶつかった壁や疑問など大学院の勉強を通じて見つめ直すことができ、大きく成長できたと思います。修了後は非常勤講師として中国語を教えています。留学生向けの日中翻訳の授業も担当させていただいております。

Q11、母国語の知識は通訳にとってとても大切ですよね。

はい、実は以前一度失敗したことがあります。私は日本語のレベルアップを図りたい一心で、母国語である中国語を疎かにした時期がありました。そんな中、通訳学校のワークショップで、ある日ブースで日中の同通実演をしましたら、ぼろぼろでした。後にベテランの先生に「母国語を磨く努力も決して怠ってはいけない。母国語がすべての基礎ですから。」と言われました。私はその一言で目が覚めました。それまでは日本語が中心の勉強だったのですが、今は中国語のブラッシュアップにも精を出しています。

Q12、日本語で喋る時と、中国語で喋る時で性格が変わったりしますか?

特別意識をしたことはありませんが、少し変わっていると思います。なぜなら中国語は直接的な表現が多く、自己主張が強い言葉だと思うからです。中国語を話すときは、スピードも速く、語尾は断定的で「です」「ます」になります。一方日本語で話す場合は、ゆっくり言葉を選んで、「思われます」とか「感じられます」という風にやわらかく話しているような気がします。

Q13、将来どんな通訳者を目指していますか?

もっと言葉を磨いて、洗練された言葉遣い、きれいなイントネーションで話す憧れの先輩通訳者のようになりたいと思います。通訳は私にとってやりがいのある仕事です。通訳を通してさまざまな分野の専門家の話を聞くことができ、視野が広がり知識も深まります。もしも自分が通訳者じゃなかったら、こんなにいろんな分野の勉強はできなかったと思います。通訳を通して得た知識が雪だるま式に広く深くなっていきます。知識の点と点が線につなぎ、やがて面となって広がり、次の仕事に活かされる、それが通訳という仕事の醍醐味ですね。

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通訳時に使用している道具

Q14、最後に通訳者を目指している後輩に向けて、先輩として是非アドバイスをお願いします。

自戒も込めて、これから通訳者を目指す方々に、2つのメッセージを送りたいと思います。まず「努力は人を裏切らない」という言葉です。現在教える立場でもありますが、受講生を見るとはっきりわかります。スタート地点ではレベルが高くない人でも、コツコツと努力を重ね継続的に勉強すれば必ず進歩します。一方、クラスの中でいくらセンスがよく、レベルが高い人でも努力しないとすぐに追い抜かれてしまいます。

あともう一つは「常に言葉に対し深い関心を持ち、アンテナを張ってほしい」です。この二つを実践していけば、いつか目標はかならず達成できます。

編集後記

日々努力されている戴さんの口から「努力は人を裏切らない」という言葉を聞くとすごく説得力がありました。私も日々感じていることです。同じスタートラインにいても、一年後には大きな差ができることがあります。それは一日一日の過ごし方の違いだと思います。何となく目の前のことを早く終わらないかなと思いながら仕事する人と、目的意識を持って仕事している人では、一年で大きな差がつきます。私もこの言葉を肝に銘じたいと思います。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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