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第142回 世間体が気になるときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

周りとちょっと違う自分。

ちょっとしたときに、世間一般とのズレを感じることが、誰しもあります。

周りと違う自分。その居心地悪さに襲われたときに思い出す詩があります。

夕暮れ時に、雪の平原をゴトゴト進む列車に乗っている様子を思い浮かべて、読んでみてください。

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In The Train
Sara Teasdale

Fields beneath a quilt of snow
From which the rocks and stubble sleep,
And in the west a shy white star
That shivers as it wakes from deep.

The restless rumble of the train,
The drowsy people in the car,
Steel blue twilight in the world,
And in my heart a timid star.

*****

列車に乗って
サラ・ティーズデイル

雪の毛布に包まれる平原
そこに眠るのは岩や収穫の終わった畑
西の空には遠慮がちに白い星
深い眠りから目覚めて震えている

列車は揺れるゴトゴトと
乗客は眠るうとうとと
世界には鋼のような青い黄昏
この心には弱気な星がいる

*****

雪の平原を進む列車が、世間体とどんな関係があるのかと思うかもしれません。注目すべきは、実は、列車でなく星のほうなんです。

And in the west a shy white star
That shivers as it wakes from deep.
西の空には遠慮がちに白い星
深い眠りから目覚めて震えている

日が沈み、夜の帳が下りて、空に星が瞬く。その星は、寒さに震えるようです。深い眠りから覚めたら、世の中の様子が変わっていたというような違和感。違う世界に突然放り込まれたような、場違い感。その冷たさに、居心地の悪さに、遠慮がちに震えます。

こうした居心地の悪さって、ふとしたときに襲ってくるんですよね。

子育てに追われる日々で、子どもとのおもちゃやご飯の話以外できなくなっていて、周りと話が合わなくなってしまったり。自分の目指す夢や目標は大切だけど、同じ熱量をもち同じ方向を向いている人が周りにいなくて、孤独を感じたり。

*****

The restless rumble of the train,
The drowsy people in the car,
Steel blue twilight in the world,
And in my heart a timid star.
列車は揺れるゴトゴトと
乗客は眠るうとうとと
世界には鋼のような青い黄昏
この心には弱気な星がいる

ゴトゴトと進む列車のように、わたしたちの日々は過ぎていきます。人生や社会の乗客であるわたしたちも、世間の一端を担っているわけですが、自分や世の中を客観視する瞬間があります。

自分の考え方や生き方は、レールから外れてしまっているのかな。みんなと同じ列車に乗って行ったほうが楽なのかな。そんな不安に駆られると、黄昏は、鋼のように青く見えます。可能性に満ちているはずの世界は、鋼として自分の前に立ちはだかるかのように感じてしまったりします。

極めつけは、a timid star「弱気な星」ですね。本来は、夜の闇に昇る輝かしい星ですが、それは心の中にしまわれていて、弱気に震えている。

一見すると、ネガティブなことに思えるのですが、それでも人の可能性を信じていたいと思います。考えてみると、多くの文学や映画が、自分と社会のギャップに震える葛藤を素材に物語を紡ぎます。自分と世間の間に葛藤がある。だからこそ、伝えたい思いが生まれ、心の中の星を一層輝かせるのだ。そう信じていたい。そんな静かな闘志に、この詩は火を点けてくれるのです。

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今回の訳のポイント

日本語は語彙が豊富だから英語に訳せない言葉がある、とよく言われます。しかし実際には、英語の語彙の豊かさが理由で、日本語に訳せない言葉も多くあります。

今回の詩では、stubbleがそれにあたります。

Fields beneath a quilt of snow
From which the rocks and stubble sleep,
雪の毛布に包まれる平原
そこに眠るのは岩や収穫の終わった畑

ここでのstubbleとは「刈り株」のことですが、この単語を見ただけで、「作物が刈り取られたあとの刈り株が並んでいる、整然とはしているけれど、どこか寂しげな畑」の様子全体をイメージできる言葉です。日本の米文化では「刈田」とは言えますが、20世紀初頭のアメリカの農場の雪景色、その情景全体を想起させる言葉が、日本語には見当たりません。

言葉とは、その言葉を生み出した文化と深く結びついています。だからこそ、言葉のもつコンテクストを理解していることで、深い味わいを得られると言えます。

Written by

記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

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