ENGLISH LEARNING

第276回 人前で泣いたときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

人前で泣いてしまうことありますよね。

周りの目が気になるけれど、それ以上に、押し寄せる感情に涙が止まらなくなってしまう瞬間。

そんなときに思い出す詩があります。「亡霊」という詩なのですが、亡霊と人前で泣くことにどんな関係があるのか、まあ読んでみてください。

*****

The Ghost
Walter de la Mare

Peace in thy hands,
Peace in thine eyes,
Peace on thy brow;
Flower of a moment in the eternal hour,
Peace with me now.

*****

亡霊
ウォルター・デ・ラ・メア

安らぎは汝の手の平に
安らぎは汝の瞳の中に
安らぎは汝の額の上に
永遠中の一瞬に咲く花
安らぎを今私のもとに

*****

「亡霊」というタイトルのとおり、この詩をまっすぐ読めば、たしかに「死」についての詩と言えます。

亡くなった誰かは、永遠のやすらぎの中にいる。生きている時間は、ほんの一瞬で、咲いたと思ったらすぐに散ってしまう花のよう。その短い時間の中で、大切な人やものを失った私たちも、やっぱりやすらぎを求めてしまう。

そんな詩だと思っていました。

でも最近、ふとこの詩を思い出した瞬間があったんです。それは、人前で思わず泣いてしまったときでした。

Peace in thy hands,
Peace in thine eyes,
Peace on thy brow;
安らぎは汝の手の平に
安らぎは汝の瞳の中に
安らぎは汝の額の上に

人前で泣くって恥ずかしいものです。でも、感情がおさえきれなくて、涙が勝手にこぼれてしまうことありますよね。わんわん泣いて、誰かと抱き合って、手を握って、そんな時間を過ごしているうちに、だんだん心が静まっていく。あの感じが。

まさにそんな瞬間をこの詩は描いている気がしたんです。安らぎが、言葉ではなく「触れること」や「見つめ合うこと」、「そばにいること」としてそこにある感じがしたんです。

空港で友だちと別れるとき。病室をただ手を握っているしかないとき。ライブで歌のすべてが心に響きまくったとき。友だちの結婚式でだれかが幸せを見つけた感動に震えるとき。

こうして考えてみると、人前で泣いてしまうような瞬間って、生きてると感じるときでもありますね。そういうときにこそ、人とのつながりがはっきり見えてくるものです。

手を握ってくれたぬくもり。涙をいっぱいためた瞳。「もう大丈夫」というゆるんだ表情。手は人とのつながりの接点で、瞳は心の窓で胸の奥の思いを垣間見ることができるし、額には気持ちが書いてあるものです。

Flower of a moment in the eternal hour,
Peace with me now.
永遠中の一瞬に咲く花
安らぎを今私のもとに

「永遠」という言葉は「死」を連想させ、咲いてはすぐに枯れてしまう花は「生」の象徴。すぐに枯れてしまうからこそ、命は愛おしい。

何かや誰かを失って心がぐしゃぐしゃになったときに、「それでも、少しだけやすらぎがほしい」と願う気持ちが描かれています。それは、人としてとても自然なことです。

乱れた心に「安らぎ」が欲しい。このか弱さ、心細さこそが人間らしいなあと思います。

それで思いだしたんです。

ひとしきり泣いて、ちょっと気持ちが落ち着いてきたときの感覚を。

思いっきり泣いたあとって、ふっと気持ちが軽くなった気がするんですよね。そのあとにあるのは、「安らぎ」で、誰かがそばにいてくれて、手を握ってくれて、体温を感じられて、そこには、あたたかさと、つながりがあるものだと。

*****

今回の訳のポイント

この詩が描いているのは、「亡くしたものを悼む」こと、「生きているこの一瞬の重みを噛みしめる」こと、「心の平穏を切実に願う」こと。

訳すうえでの最大のポイントは、タイトルです。

The Ghost
亡霊

「おばけ」だとちょっと子ども向けっぽくなってしまうし、「幽霊」だと怪談のようでホラーのようにもなってしまう。

でも、この詩に出てくるのは、もっとやさしく、静かで、心に残る何か。

Ghost は、生きている私たちの心と、もうこの世にいない誰かのあいだにある、「見えないけれど確かに感じられる気配」のこと。そうすると、「亡霊」という言葉がいちばんしっくりくるのではないかと思います。

詩人ウォルター・デ・ラ・メアは、児童文学や怪奇小説も書いた人物で、詩の言葉選びにもその影響が感じられます。ただ、自分にとっては、「思い切り泣きたいときに思い出す詩」などもあるように、泣きたいときに読みたくなる詩人になってしまっています。

Written by

記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

END