第682回 よくある質問
通訳者になりたての頃、つい混同してしまったのが「年」と「年度」。英語では前者がyearですが、後者はfiscal yearと言います。fiscalとは「国家の、財務の」の意。もとはラテン語のfisc-(国庫)から来ています。さらに辞書を読み進めると、イタリアやスペインでは「検事、検察官」のことだそうです(初めて知りました!)。
ちなみに「年度」は国によって異なりますよね。日本の会計年度は「4月はじまり・翌年3月終わり」ですが、アメリカは10月から翌年9月、イタリアは1月から12月です。さらに学校年度に目を転じれば、オーストラリアなどは2月はじまりです。通訳をする際にはこうした背景知識もインプットしておくことが大切になります。そこでよく尋ねられるのが「どのようにして知識力をアップするのですか?」という問い。これはもう、日々の積み重ねあるのみです。新聞や本を読む、あらゆることにアンテナを張る。それをコツコツと続けていくのが最短の近道なのですよね。
そこで今回は他にもよく頂く質問をご紹介しましょう。
1 本番中、聞き取れないときどうしていますか?
→ヒト通訳者は機械でないため、聞き取れないことはあります。そこでどう工夫するかが問われるのですよね。私の場合、「一次元上の通訳」「ざっくりした訳語」を心がけています。たとえば放送通訳現場でChinese President Xi Jinping(中国の習近平国家主席)と出てきたとしましょう。目の前のテレビ画面にはご本人が映っています。でも名前を度忘れしてしまったら?その場合は、「中国の国家主席」「中国政府のトップ」などと訳します。特に中国人名は英語と日本語で読み方が異なるので、その都度覚えていくしかありません。訳語が出てこなければ、このようにしてざっくり訳すことになるのです。
2 聞き取りにくい発音に遭遇したら?
→これも結構あります。私が放送通訳者デビューをしたのはロンドンのBBCで1998年でした。そのとき、スポーツニュースでクリケットの話題が沢山出てきたのです。何かの試合でインド・チームが優勝。でもキャプテンや選手のインタビューが全く聞き取れませんでした。ただ、「勝った」という事実だけはおさえていましたので、こうなるともう「優勝して嬉しいっ!」という雰囲気を出すしかありません。「皆が団結しての勝利」「ファンの応援ありがとう」などなど、おそらくはそう言っているであろうと想像しながら乗り切りました。何しろ放送通訳の場合、10秒も沈黙すれば始末書モノですので。
3 覚えられない単語はどうしたらよいですか?
→これも「あるある」です。私の場合、何をどうやってもこんがらがる単語があります。たとえばkidney(腎臓)とliver(肝臓)。自分の体内にある臓器とは言え、直接見たり触ったりしないので混同します。ただでさえ日本語の「イルカ・アシカ・シャチ・トド」も見分けられないので、環境ニュースでこのトピックが出てくると毎回冷汗です。最近の例では飲料関連通訳で出てきたbarley/malt/grainも覚え辛かったです。訳語は「大麦・麦芽・穀類」なのですが、どれも私の中では同じように思えてしまったのですね。このような時は、グーグルで上記単語を入力し、「違い」「わかりやすく」といった言葉を添え、さらに「画像検索」で絞り込むと図解説明が出てきます。
以上、今週は「よくある質問」をご紹介しました。そういえば高校生の頃に通っていた代ゼミで、世界史の先生がモンゴルのハン国の覚え方を見事に解説して下さいました。キプチャク=ハン、チャガタイ=ハン、イル=ハン、オゴタイ=ハン国の位置関係です。「オゴタイ=ハン国は『重たい』から上(北側)にある、と覚えましょう」とのこと。これで瞬時に覚えました。ちなみに中央アジアの「カザフスタン・キルギス・タジキスタン・トルクメニスタン・ウズベキスタン・アフガニスタン・パキスタン」の覚え方も、以前何かの本で覚え方を読みました。「柿田棟(かきたとう)のアパート」です。いずれも頭文字からとっています。覚え辛い時はこじつけもOKなのですよね。
(2025年5月20日)
【今週の一冊】
「自分を好きになりたい。自己肯定感を上げるためにやってみたこと」わたなべぽん著、幻冬舎、2018年
「なんだか最近モヤモヤするなあ」ということ、誰にでもありますよね。みなさんならどうされますか?おいしいものを食べたり旅行をしたり、気分転換は色々とあることでしょう。私は最近そのような状況になると本を探します。まさに自分でできる処方箋づくり。向かうのは図書館です。
図書館はジャンルごとに分類されており、本の背に貼られているラベル番号(=請求番号)が目印になります。私が最近注目しているのは140番台(心理学)と150番台(倫理学・道徳)の書籍です。その棚を訪ねてみると、いわゆる自己啓発本がたくさん!タイトルに「モチベーション」「集中力」「人生の目的」などあり、眺めているだけで元気が出てきます。
そうした書籍の中から見つけたのが、今回ご紹介する漫画家わたなべぽんさんの一冊。ほのぼのとしたイラスト表紙に惹かれて何気なく借りました。しかし、読んでみて非常に身につまされる一冊でもあったのです。
以前、本コラムで私自身の生い立ちを綴ったことがありますが(https://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/22038.html)、本書はまさにそのテーマでした。自己肯定感や人間関係、考え方などについての悩みは、実は成育過程にあることが本書からわかります。
人間というのは、何かの渦中に置かれてしまうと堂々巡りになりがち。そのような時というのは「今、大人である自分」と「心の中の子どもの自分」が拮抗していたりもするのですよね。その「子どもの頃の私」をどうケアしていあげるかが大事なのだと思います。
ぽんさんが勇気を持って「子ども時代の自分」と対話をしてきたかがわかる一冊です。親子関係に苦しむ人たちにとって、バイブルになると私は感じています。
-
【人気会議通訳者が教える】Tennine Academy
-
国際舞台で役立つ知識・表現を学ぼう!
-
オリンピック通訳
-
英語のツボ
-
教えて!通訳のこと
-
通訳者インタビュー
-
通訳者のひよこたちへ
-
ビジネス翻訳・通訳で役立つ表現を学ぼう!
-
通訳者のための現場で役立つ同時通訳機材講座
-
通訳者になるには
-
Training Global Communicators
-
忙しい人のためのビジネス英語道場
-
やりなおし!英語道場
-
Written from the mitten
-
通訳者のたまごたちへ
-
通訳美人道
-
マリコがゆく
-
通訳者に求められるマナー
-
通訳現場おもしろエピソード
-
すぐ使える英語表現
-
Bazinga!
-
通訳式TOEIC勉強法
-
American Culture and Globalization
-
中国語通訳者・翻訳者インタビュー
-
多言語通訳者・翻訳者インタビュー