INTERPRETATION

第681回 8回2分の法則

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

車関連の「あるある」の一つに信号が挙げられます。どの交差点でも赤信号に引っ掛かってしまい、「なぜ、こんなに今日は赤信号なのっ!?」と思う日もあれば、「おお、今日はぜーんぶ青信号、ラッキー!」ということも。

もう一つは「洗車」。どうにもこうにも汚くなってしまい、愛車が大阪のおばちゃんも真っ青のヒョウ柄と化す始末。「これ以上、放置は無理っ!」とセルフ洗車機へ。「せっかくだから奮発して最高金額で行こう」とメニューを選び、洗車を終えて丁寧に水拭き。そして翌日雨が降るという・・・。

このようなケース、誰にでもありますよね。これを「マーフィーの法則」と言います。唱えたのはアメリカの航空工学者Edward A. Murphy Jr.氏です。

一方、こうした「法則」で有名なものがもう一つあります。「パレートの法則」、別名「80:20の法則」とも言われています。これはイタリアの経済学者Vilfredo Paretoが、「売り上げの8割は2割の社員に依存する」と唱えたことに由来するもの。この法則は他にも当てはめることができます。たとえば、「8割の社員は2割のリーダーによって指導される」「レストランの注文の8割が人気メニュー2割に集中する」という具合です。

さて、随分前の本稿で、私は「在宅ワークの際、45分間仕事をしたら15分間宅トレをする」と書きました:

https://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/26110.html

ちょうど昨年の夏のことでした。あの時に集中して宅トレをしたおかげで、気になっていた体重を減らすことができたのは、とても良かったと思っています。

ただ、その後、この「45+15」サイクルが少々重荷に。以来、厳密にではなく、ゆるーくこのサイクルを意識しながら生活しています。とにかく「座り続けない・同じ姿勢を継続しない」がモットーです。

そうした中に出会ったのが、TEDスピーカーでもありパーソナルトレーナーでもあるLizzie Williamsonさんの動画。「2分だけ体を動かす」がコンセプトの宅トレ動画です。彼女の本も以前ご紹介しました:

https://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/27080.html

彼女のエクササイズの決まり文句は”Just two minutes. You can do two minutes!”というもの。「たった2分。2分ならできる!」は言い得て妙ですよね。以来、私は家事や勉強など、すべて「2分」を目途に取り組むようになりました。お風呂掃除であれば、2分間だけ真剣にやってみる(結構何とかなります)、シャドーイングや社説の日英通訳練習も2分間、という具合。「たくさんやらねば」と思うとプレッシャーですが、とりあえず2分だけでもやり遂げたなら、それは進歩を意味します。

最後にもう一つご紹介したいのが「8回」のマジック。腹筋や腕立てなら「10回」や「15回」、ストレッチなら「10カウント」を1セットにすることが多いですよね。でも私はこれを「8」にしてみたのです。10回数えながら取り組むより、なぜか8回カウントの方が2セットに進みやすくなったのです。結果、16回こなせるわけですから、10回より増えることになります。これが私にとっては目からうろこでした。

ということで今週はパレートの法則の応用編(?)「8回2分の法則」をご紹介しました。参考にしていただければ嬉しいです。

(2025年5月13日)

【今週の一冊】

「偉くない『私』が一番自由」米原万里著、佐藤優編、文春文庫、2016年

ロシア語同時通訳者として首脳会議から医学まで幅広くご活躍された米原万里さん。惜しくも病のためお若くして亡くなられました。今から20年ほど前のことです。

佐藤優氏は外務省でロシア情報分析官でしたが、政争に巻き込まれて連座逮捕。その時に「あなたは作家になるべきだ」と強く推したのが米原さんでした。同じロシアつながりで、もともと交流があったのですね。

さて、本書は米原さんの数々のエッセイの中から佐藤氏が文章をピックアップしたもの。米原氏が通訳という職業を超えて多様な視点で物事を見ていたことがわかります。それもひとえに米原氏の読書と勉強のたまものでしょう。

中でも興味深かったのが、通訳者になるまでの背景でした。

米原さんの父親は日本共産党の幹部。仕事の都合で一家がチェコに転居したところから米原さんの異文化人生は始まります。当時のチェコスロバキアは旧ソ連の一部。でも伸び伸びとした教育を受けました。むしろ苦労されたのは中学途中での帰国と日本の中学への編入。遅れた日本語を挽回すべく取り組んだのが読書でした。そして東京外語大学でロシア語を専攻。「てっとり早く口に糊するために、通訳を引き受けるようになった」「転職に出会うまでのほんのツナギのつもりだった」(p223)と語ります。

通訳者は「二人の主人に仕える下僕」でありながら、異言語話者同士のことばが「通じる瞬間のとてつもない歓喜を一度味わうと病みつきに」(p224)なるとも語る米原氏。今、通訳の仕事をしている私を含めた多くの通訳者が、同じ意見であることでしょう。

最後に米原氏が綴るデータを少々:

*人間の平時の心拍数は60から70
*重量上げ選手がバーベルを上げる瞬間は140
*同時通訳者は10分間の同通の間、心拍数160をずーっと維持(p228)

・・・ちなみに医療機関のサイトによれば、160以上は「危険」ラインを超えているそうです。でも「通訳者はこの仕事をこよなく愛しているからこそ、むしろ元気」が私の持論です。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

END