INTERPRETATION

「経済問題」

木内 裕也

Written from the mitten

 先週の投稿に少しだけ昨今の経済問題について書きました。RecessionやEconomic Downturnという名前で呼ばれることも多いですが、それらの持つマイナスのイメージを払拭したいと思うのか、Credit Crunchという風に呼ばれているのが、2008年秋以降に発生した経済停滞状況の特徴です。今週はこの問題を2つの視点から考えてみたいと思います。1つ目はアメリカ国内の一般的な理解と、日本人の考えのずれ。そしてその後に、経済問題をもう少し哲学的視点から見てみます。

 12月末から1月中旬にかけて、日本とアメリカの間を2往復する機会がありました。最初に日本に戻るまでは、多くのアメリカ人が考えるように「世界的に起きた経済問題」として昨今の状況を見ていました。しかし日本に戻って友人たちと話しをしていると、どちらかというと「アメリカが引き起こした経済問題に世界が巻き込まれた」「アメリカが問題を作り上げた」というアメリカに対して厳しい見方が非常に強いと感じました。ある意味では、アメリカ人がわざわざ自国の責任をすすんで認めるとは考えられませんから、当たり前なのかもしれません。しかしあまりにそのギャップが大きいように感じました。その後アメリカに戻り、周囲を見渡すと、やはり相変わらずアメリカとしては世界的な流れの一部として、自国の問題を捉えています。

 客観的に見てみれば、アメリカの住宅ローン問題や、ウォールストリートの問題が根底にあるのは明らかです。アカデミックな立場にいる人の間では、あまりにアメリカという国がWealthの創出ばかりに気を取られ、Knowledgeの創造を起こらなかったが故に起きた当然の結果という見方もあります。しかしここで重要なのは、日本の企業がアメリカの企業とビジネスをする際、「今回の経済問題がアメリカに引き起こしたものである」というそもそもの理解をアメリカ側が共有していない可能性がある点です。多くのアメリカ人が投資などで損失を出し、自分たちも被害者であるという感覚を持っています。したがって日本国内では共有されている考えが、アメリカ側も理解しているというAssumptionをもつことは非常に危険です。

 さて、今回の経済問題をやや哲学的視点から考えてみると、そもそもCredit Crunchがどれほど存在しているのか、という疑問が生まれます。日本に戻って感じたのは、「猫も杓子も」という言葉が当てはまるかのように、誰もが口をそろえて経済問題を話題にしていました。確かにそういった懸念の材料は十分に存在しています。しかし「経済問題がある」という考えに過大反応をすることが、雪だるま式により大きな経済問題を引き起こしている可能性も否定はできません。特に私たちが手にする情報量が莫大に増加し、それに反比例するように各個人が批判的に情報を精査する能力を失う世の中で、テレビや新聞、ジャーナリズムから得る情報を鵜呑みにする傾向が強まっているのは明らかです。するとある意味では我々がそれらの情報に「踊らされて」しまい、問題を大きくしているとも考えられます。かつてイラクにWMDがあるという誤った情報がアメリカ政府だけではなく国民の間に広がり、それが信じられ、多くの国民がイラク侵攻を支持し、抜け出すことのできない状況に陥ったのに似ています。昨年の秋の段階で、どれだけの人が情報を批判的に分析していたのか、疑問に思えます。その結果、今ではひていの仕様が無いレベルの経済問題が発生した、という可能性を証明することもできませんが、否定することもできません。

 経済問題を引き起こしたとされるアメリカという国は、Culture of Fearという表現が示すとおり、恐怖心が無ければ存在することのできない国家です。アメリカというと夢の叶えられる国といったプラスのイメージが先行しがちですが、夢が存在するには現実に対する悲観的な見方が存在もしています。第2次世界大戦後に経済勃興が起こると冷戦という恐怖心が生まれたように、ITが栄えると個人のプライバシーやアイデンティティーに対する恐怖心が生まれたように、そして建国以来似たパターンがあったことからわかるように、常に恐怖心の存在を認めることで発展を遂げてきたのがアメリカです。ただその問題は、実際に恐怖心を持つ価値のある問題が存在しているかは、国民感情に関係の無い点です。したがって今回の経済危機に関しても、不要な恐怖感が駆り立てられた結果である可能性も存在します。

 今となっては大きな問題が世界に存在しているのは明らか。しかし日本はアメリカ以上に国民感情が突然1つの方向に動きやすい国でもあります。国民的ブームが容易に起きることや、社会問題に対して極端な考えすら突然共有されてしまうことがあることで分かります。個人が正しい情報を得るために批判的に情報を分析し、漠然とした恐怖感に駆られないようにすることも、様々な社会経済問題を予防する手段ともいえるでしょう。

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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