INTERPRETATION

通訳者とマナー

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 マナーに関する体験セミナーに参加してきました。

 「通訳者にマナー?」「社会人に必要な常識のことなら、本でも読めるし、企業勤めの経験があるから大丈夫」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし最近の私は「通訳業はサービス業である」との考えを日増しに強く抱くようになりました。というのも、これだけ世の中が見た目第一主義になったからです。

 たとえばここ数年のベストセラーを振り返ってみましょう。2005年発行の「人は見た目が9割」(竹内一郎著)は100万部を突破していますし、岡田斗司夫氏の「いつまでもデブと思うなよ」も50万部の売り上げを超えました。ちなみに岡田氏は1年で50キロも落としたあと、どんどん仕事が増えたと語っています。つまり、外見が変わったことで、仕事の幅も増えたというのです。

 しかも最近は男性までエステやファッションに関心を抱く時代となっています。男性専用のネイルサロンもある一方、男性向けファッション誌も数種類に及ぶようになりました。さらに今年からメタボ対策として、特定健康診査も義務化されています。つまり、外見がいわば国の問題としてとらえられるようになったのです。そうなると、見た目やマナーに気を配るに越したことはないわけです。

 心理学によると、人の第一印象は最初の6、7秒で決まるのだそうです。つまり、人間とは目から入ってきた情報、すなわち相手の外見をまずは判断し、そのあとに声や話し方を聞き、人柄や性格は判断要素の一番最後に来るのです。もちろん、つきあってみればみるほど中身のすばらしさに気付かされる人もいるでしょう。しかしその一方で第一印象が悪いと、それを引きずって相手を見てしまいます。たとえば会った瞬間、相手が過去に自分がいやな思いをした人と似ていたとしましょう。するとそれだけで昔の負の感情が思い出されてしまい、その人に対してはマイナスの気持ちを抱き続けてしまうのです。

 こうした第一印象における「好きか嫌いか」という判断方法は、特に女性と子供において強いと言われています。確かに幼い子供を見てみても、相手を見ただけでなついていくか、それとも寄り付かないかのどちらかです。

 今回のセミナーでは好印象を抱かせるあいさつの仕方を主に学びました。私たちは普段何気なくあいさつをしていますが、実はこれにもきちんとしたやり方があることがわかりました。お辞儀の角度や目線、姿勢の保ち方など、非常に奥が深く、実際にやってみると全身は緊張状態。これを毎日練習していたら痩せるのではと思ったほどでした。

 もちろん、通訳者にとっては通訳力があるのが大前提です。専門知識や語学力が必要なのは言うまでもありません。しかしこれからの時代、マナーを身につけ、通訳者としての自分の商品価値を高めていくことが必要であると私は考えています。

(2008年5月5日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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