INTERPRETATION

仕事は待つもの?近づくもの?

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 私のこれまでの仕事人生を振り返ってみると、仕事の獲得方法には二通りありました。

 一つ目は、「自分からアプローチして仕事を得たケース」です。自分で求人情報を探して自ら近づき、その仕事を獲得したという状況を意味します。私が大学4年生当時の日本はバブル真っ盛りでした。金融機関や不動産、建設業界が就職先の花形といわれていた時代です。周囲からは「コネも実力のうち」などといった声が聞かれました。一部上場の有名企業に就職することが良しとされていたのです。

 そのような中、私は夏期海外英語研修のお話をいただきました。リクルートスーツを着て企業訪問をする時期に海外に出てしまうわけですから、就職指導の先生にはずいぶん呆れられました。肝心の夏に就職活動ができないとなれば、なるべく早く自分で探すか、研修から帰国後に取り組むしかありません。でも始動が遅くなれば縁故でもない限り、内定は無理でしょう。とは言うものの、私は知人や親戚に頼る「コネ入社」にも関心がありませんでした。これは自分で探すしかないと思ったのです。そこで梅雨のころから新聞の求人情報をチェックし始めました。すると、ある外資系航空会社の募集を知ったのです。「これだ!」と思った私は早速応募したところ、運よく内定をいただけました。当時の私は「自分がかつて暮らした国」「国際的な仕事」「憧れの航空会社」という、3つのキーワードを元に就職しました。大学卒業後、自分が当時一番やりたかった仕事につけたのは、本当に恵まれていたと今も懐かしく思い出します。自分から近づいて得た仕事の、成功したケースといえます。

 その一方で、仕事へのアプローチで失敗したケースもありました。それは私自身が目標を掲げることなく、焦って獲得したときです。本当にやりたい仕事ではないのに、なんとなくやらなければという気持ちに駆り立てられた場合でした。そのような形で得た仕事というのは、出来も散々だったのです。自分自身、「やっぱりやるべきではなかった」と後悔の念にかられながら取り組むわけですから、集中できるはずもありません。こうしたやりかたは自分にとっても、依頼主にとっても不幸であると大いに反省しました。

 仕事というのは一定期間続けていると、周りからの認知度も少しずつ上がってきます。駆け出しの時代を経て中堅というレベルに到達するころになると、自分からガツガツしなくても仕事が舞い込むようになるのです。周りから認めていただいて依頼を受けるという状況に感謝して、そうした案件を丁寧にこなすことが大切な時期になってきます。最近の私の例でいえば、放送通訳の新しい案件や、新たな執筆先がそれにあたります。私自らがアプローチしたのではなく、話の流れで「ところで柴原さん、今度新しい企画がスタートするんですが、コラムを書いていただけますか?」という具合で話が進んでいくような場合です。

 仕事に自分から近づくか、それとも待つべきか。これは自分のライフステージや仕事の経験値によって変わってくるのかもしれません。人とのご縁に感謝しながら、与えられたものにひとつひとつ心をこめて取り組みたい。その一方で、自分の新しい可能性も広げていきたい。最近の私はこのように思っています。

(2008年9月1日)

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END