INTERPRETATION

人柄が一番大事

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 普段みなさんは物を買う際、自分なりの基準があることでしょう。必要になったからモノやサービスを私たちは手に入れるわけですが、たいていは以下のような基準ではないかと思います。

 「安いから」

 「テレビや雑誌で取り上げられていたから」

 「流行だから」

 「おいしいから」

 「ネットで評判だから」

 確かにミニコミ誌やブログなどで評判になっているお店は気になりますし、いつか自分も行ってみたいな、そこで買いたいなと私も思います。

 でも最近の私のお店選び基準はズバリ、「店員さんの人柄」です。

 職業柄、店員さんの話し方やボディランゲージなど、要はコミュニケーションの取り方にどうしても注目してしまうのですが、無表情だったり、ぞんざいな話し方だったりすると、それだけで残念に思ってしまいます。売られている商品が素晴らしいものであれば、なおさらです。

 店員さんも人間ですから、気分の上下はあることでしょう。直前のお客さんに怒られたとか、体調が悪いとか、いろいろあるとは思います。でも、そこを何とか乗り越えるのも、プロのサービス提供者として求められているように私は考えます。

 最近、我が家の近くで2件ほど、素晴らしいオーナーが経営するお店を見つけました。

 ひとつはシフォンケーキ店。地元の小さなお店で、お母さまと息子さんが経営しています。10人も座れば喫茶スペースは満杯になってしまうほど、こぢんまりした店舗です。でもそのオーナーであるお母さまが美しい日本語を話す方で、いつもにこやかにお客様を迎えてくれるのです。息子さんも実直そうな方で、お店として誠意を感じます。

 もう一店は、隣町にあるパン屋さんです。たまたま立ち寄ったのですが、世間話をしていたら、何とそのオーナーさんは以前、英語教員だったとのこと。初めてそこのお店に入った当時の私は自分の指導法に悩んでいたこともあり、つい話し込んでしまいました。その時、「続けることが、秘訣ですよ」とおっしゃったのです。この一言に私は勇気づけられました。店頭に並ぶパンはどちらかというと昔風の素朴なパンばかりですが、オーナーさんもまさに素朴そのもの。以来、何度も足を運んでいます。

 翻って、私が理想とする通訳者。それは誠意を持ち、正しき人柄を兼ね備えた通訳者です。お客様や聞き手のことを考えて、今、自分がどういう訳をするべきか、トータルで考えられるような通訳者になりたいのです。私自身、パーフェクトな同時通訳者からはほど遠く、単語をボロボロ落とすこともあれば、舌が回らずに聞きづらい日本語になってしまうこともあります。千本ノックの如く、すべてを拾えるわけでもありません。けれども、「全部拾った!どうだ!これで文句はないはずだ」という気持ちが自分の中に少しでも生じてしまったら、私はこの仕事を辞めるべきだと思っています。

 「通訳者は二言語間のメッセージを置き換えるのが仕事。パーソナリティーは別問題」という見方もあるかもしれません。でもそれと同時に、「この通訳者さんがいてくれたおかげで、難航していた会議も良い雰囲気になった。通訳者さんの人柄に助けられた」となったら、個人的にはとてもうれしく思います。

(2008年9月29日)

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END