INTERPRETATION

目標への近道とは

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 現在の私の仕事は「放送通訳者」「通訳学校講師」「英語関連の執筆」の3本柱がメインとなっています。子どもたちがまだ学童期ということもあり、フルタイムの仕事をあえて選ばず、ここまでやってきました。

 フリーランスというのは時間の融通が利くので、子育て中の私にとっては非常に助かります。あらかじめ学校や幼稚園の行事がわかっていれば、仕事を調整することもできますし、通訳学校の集中講義や原稿の締め切りなど、繁忙期がいつなのかわかりますのでスケジュールも立てやすいのです。大好きな通訳という仕事のおかげで、このような業務体系で稼働することができるのは本当にありがたいことだといつも感謝しています。

 もちろん、フリーランスですので福利厚生などは企業勤めの方と同じではありません。国民年金や国民健康保険に加入していますし、万が一に備えて中小企業共済組合という団体にも入っています。医療保険や生命保険も自分の仕事と年齢、家族の状況などを考慮してじっくり選びました。企業であればこうした補償はすべてついていますが、フリーランスである以上、自分でやらなければなりません。おかげで年金問題にも関心が高まりました。

 ビジネスパーソンにあってフリーの通訳者にないものとしては、通勤手当や有休・慶弔休暇などでしょう。通訳現場が都内や首都圏であれば、電車代は自己負担ですし、プライベートな休みをとってもその分の給与はありません。仕事を入れていたものの、急きょ身内の不幸が生じたり、突然病気になったりした場合は仕事をキャンセルしますので、予定していた給与が入らなくなります。

 「安定」の二文字だけを考えれば、上記のような面でフリーになることをちゅうちょする人もいるでしょう。けれども私が10年以上、このようなライフスタイルを続けてきたことを鑑みると、私の性格にはやはりフリーランスが合っているのだろうなと改めて思います。

 たとえば私の場合、大学卒業後に入った民間の航空会社は居心地こそ良かったものの、毎朝決まった満員電車に揺られて出社するのは大いなるストレスでした。昼食もたいていは同じ仲間と食べることになります。幸い私の部署は電話番がシフトで回ってきましたので、電話番のときは時間をずらして一人で食事ができたことにホッとしたのを覚えています。

 まだ20代の血気盛んだった私は、その航空会社で機内誌の制作に興味がありました。しかし配属されたのは全く別の部署です。広報部の担当者や周りに「機内誌をやりたい」と伝えていました。発足したばかりの社内報委員にも立候補し、「書く仕事」へ一歩でも近づこうとしました。しかし、やる気があるだけで早々に希望部署につけるとは限りません。一方の私はそうした社会のルールや流れをまだ把握しておらず、せっかちな気持ちだけが募ってしまいました。そして、そうこうしているうちに今度は関心事が留学となり、イギリスの大学院留学に至ったのです。

 しかし、紆余曲折を経て通訳者となり、今では英語教育などに関する文章を寄稿するようになりました。「文章を書く」という、私の人生において非常に大切な作業にこうして携われるようになったのも、運と縁、そしてタイミングのおかげだと今では思っています。そう考えると、若いころのせっかちさも留学も転職も、すべて「今の私」には必要なことだったのだろうなと思います。

 人生において無駄なことというのは一つもないと私は考えます。確かに、目指している路線からそれることはあるかもしれません。全く先が見えず、悶々とする日も出てくることでしょう。それでもあきらめずにしぶとく歩み続けることが、結局は一番の近道なのだろうなと思いながら、今日の誕生日を迎えています。

 (2009年6月15日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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