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カンタン法律文書講座 第十二回 英米法のお話(2)

江口佳実

カンタン法律文書講座

英米法によるカンタン法律文書講座
第十二回 英米法のお話(2)

第11回は、コモン・ローとエクイティなど、英米法の仕組みや考え方について、お話しました。今回も引き続き、英米法の考え方をご紹介しますが、今回はもう少し具体的な、契約書でよく見られる言葉とその意味を、いくつか取り上げます。

◆consideration

契約書の各条文に入る直前に、よく次のような文章が見られます。

【例文1】

NOW, THEREFORE, in consideration of the above premises and the mutual covenants set forth herein, and for other good and valuable mutual consideration, the receipt and sufficiency of which are hereby mutually acknowledged, the Parties hereto agree as follows.

【訳文】

よって、上記の約束および本契約書に記載される相互の約定を約因として、かつ、その他の有効な相互の約因により、それらの受領および充分性をここに相互に認め、本契約の両当事者は、以下のとおり合意する。

ここに登場する consideration は、通常の「考慮」「思いやり」などの意味ではなく、「約因」と訳します。英米法の契約において、この「約因」は非常に重要です。取引の約束の中身にこの約因が存在しなければ、契約として認められないことになっているからです。

たとえば、太郎さんは、隣の家に住む次郎さんに、「あなたの家の庭の草むしりをしてあげましょう」と約束しました。次郎さんは「ありがとう、頼みます」とお願いすることにしました。ところが何日経っても太郎さんは草むしりをしてくれません。とうとう次郎さんが怒って「契約違反だ!」と太郎さんに文句を言います。ところが太郎さんは、平然とした顔で「そんな契約を交わした覚えはありませんよ」と言うのです。

英米法の考え方では、この太郎さんと次郎さんの約束は、「契約」ではありません。
この約束の中には、次郎さんが太郎さんの草むしりに対して「1万円払いましょう」といった約束も、その代わりに次郎さんが太郎さんのために家のペンキを塗ってあげましょうといった約束もないからです。

このように、契約の一方の当事者が他方当事者に対してしてあげることに対して、してもらったほうの当事者が何らかの報酬や、これに代わるものを提供することを、「約因」といいます。英米法の考えでは、この約因がない約束は、契約として成立していないものとみなされます。

もちろん約因は一方だけのものではなく、してもらった方が得た利益もまた、約因です。相互に何らかの約因があって初めて、契約が成立するのです。約因がない取引の約束は、英米法に基づいて裁判所が保護してくれることがないことになっています。また、約因の価値については法律上、何の決まりもありませんので、どんなに不釣合いな約因であっても、それが約因であると当事者が決めればそれで良いのです。広い庭の芝刈りのお礼に、次郎さんが太郎さんにお花を1本あげますと言い、太郎さんがそれで良いと同意すれば、このお花が約因です。以前に、政府機関に大型コンピューターを納入する大手メーカーが、本来はとても高価なコンピューターの代金を「1円」としていたことで、公正取引法違反として追及されましたが、英米法に基づく契約法上では、1円でも立派な約因ですので、何の問題もありません。もちろん公正取引法の面では非常に問題です。

reasonable

契約書の条文で、reasonable という用語が使われるのをよく目にすると思います。

【例文2】

Without the disclosing party’s written consent, the receiving party may not disclose any Confidential Information to a third party and shall protect such Confidential Information with the same degree of care used to protect its own confidential information, but not less than reasonable care.

【訳文】

開示側当事者の書面による同意なくして、受領側当事者は、いかなる本件機密情報も第三者に開示してはならず、自己の機密情報を保護するために用いるものと同程度の、ただし相当の注意以上の、注意を用いてかかる本件機密情報を保護するものとする。

【例文3】

Neither party shall be in default or otherwise liable for any delay in or failure of its performance under this Agreement if such delay or failure arises by any reason beyond its reasonable control, including, but not limited to, any act of God, earthquakes, floods, fires, epidemics, riots, or any act or failure to act by the other party or such other party’s employees, agents or contractors.

【訳文】

いずれの当事者も、本契約に基づくかかる当事者側の履行が遅延した、または履行が不可能な場合も、かかる遅延または不履行が、天変地異、地震、洪水、火災、伝染病、暴動、またはかかる他方当事者のまたはその従業員、代理人、もしくは契約者による何らかの行為または不作為などを含めこれらに限定されず、かかる当事者の合理的な支配を超える理由によって生じるものである場合、契約不履行またはその他での責任を負わないものとする。

例文2と3の reasonable はいずれも、「相当の」「合理的な」「妥当な」という、訳語は異なる場合もありますが、同じ意味で用いられる用語です。
では、この reasonable とは、具体的にどういう意味なのでしょうか。

reasonable という概念を示した有名な裁判が、英国でありました。
『ドナヒュー対スティーブンソン事件』という、1932年の事件です。
この事件では、あるパブで友人が買ったジンジャー・エールを飲んだ人が、そのビンの底のほうに腐ったナメクジが入っているのを発見し、気分が悪くなって病気になったため、ジンジャー・エールの製造業者を訴えました。
英国の最高裁である House of Lords (貴族院)は、この製造業者について、「相当の注意を欠けば他人の身体や財産に損害を与える結果になることが認識できる場合には、不法行為上の注意義務がある」という判決を下しました。つまり、ナメクジ入りの飲み物を作った製造業者に過失責任 (negligence) がある、というわけです。

この「相当の注意」=「reasonable care」が、どの程度の注意なのかについては、「注意力や行動力、判断力において平均的な人 (= 通常人、reasonable man) が、払うべき程度の注意」となります。あまり具体的ではありませんが、それはその人の置かれた状況や、事件の背景などによって左右されるものなので、仕方がありません。まあ、ナメクジ入りの飲み物は絶対にダメですよね。

このように、reasonable という概念は、契約法ではなく不法行為法 (tort) から出たものですが、契約法で reasonable が用いられる場合は、例文2のように、「最低限の基準」を示す時に用いられる場合が多くなります。「相当の注意」が欠ける場合は、契約関係がなくても (ナメクジ入りの飲み物は、飲んだ本人ではなくて友人が買ったので、飲んだ本人と製造業者との間に契約関係はありません) 過失責任が問われるのですから、契約関係がある場合は、契約当事者間で「相当の注意」以上のもっと高いレベルの条件を要求することもでき、「相当の」「合理的な」「妥当な」ラインは、「最低限」の基準、というわけです。

上のドナヒューの事件の判決は、今日の製造物責任 (Product Liability) の考え方につながります。

 

◆express or implied

第11回で用いた例文を、もう一度使います。

【例文4】

Warranties and Disclaimers

Except as expressly provided otherwise in an agreement between ABC and XYZ, all information disclosed hereunder is provided “as is” without any other warranties or conditions, express or implied, including, but not limited to, the warranties of merchantability, satisfactory quality, or fitness for a particular purpose, or those arising by law, statute, or usage of trade.

【訳文】

保証および責任の排除

ABC および XYZ 間での合意において別段の定めがない限り、本契約に基づき開示された情報は、商品性、満足すべき品質、または特定目的への適合性についての保証、または法律、制定法、または商慣習によって生じる保証などを含め、これらに限定されず、明示的にも黙示的にも、その他いかなる保証または条件もなく、「そのままの状態で」提供されている。

たとえば電化製品を購入すると、「保証書」がついてきます。購入店で日付を記入してもらい、ハンコを捺してもらって、たいていは「本日から1年間」といった期間が決まっており、「保証期間中に故障した場合には、無料で修理いたします」といったことが書かれていますね。これは、その電化製品のメーカーから買い手に対して「明示的な保証 ( express warranty )」が提示されたものです。

ところが、この保証書に書かれていない保証もあるのです。これを、「黙示の保証 ( implied warranty )」といいます。
たとえば、この電化製品が TV であるとして、この TV は当然、画面がさかさまに映るようなことはないと、普通の消費者は考えます。が、保証書にはいちいちそんなことまで書いていません (多分)。あるいは、この TV が突然火を噴いて燃えだしたとします。TV の保証書には「この TV は、突然火を噴いて燃えるようなことはありません」とは書いていません (普通はそうだと思います)。
だからといって、買った TV の画面がさかさまに映る、あるいは火を噴いて燃えたと苦情を言ってくる購入者に対して、メーカーは「そんなことは保証書に書いていませんから保証対象ではありません」とは言ってはならないはずです (実際に言わないと思います)。これが、「黙示の保証」です。

例文にある「商品性 (merchantability)」、「満足すべき品質 (satisfactory quality)」「特定目的への適合性 (fitness for a particular purpose)」、その他でも安全性 (safety)、外観および仕上げ (appearance and finish) などについての「黙示の保証」は、Sale of Goods Act 1979 (動産売買法) や、Sale and Supply of Goods Act 1994 (動産売買・提供法) などの制定法 (statute) によって認められています。

 

◆confidential と privilege

機密情報、機密保持というときに confidential という用語を使用します。
第9回講座「契約書の種類(3)で、秘密保持契約についてお話ししたときの例文を見てみましょう。

【例文5】

“Confidential Information” includes or involves certain information of a character regarded by ABC as confidential, including but not limited to, trade secrets, know-how, techniques, designs, drawings, specifications, and data, as well as any and all improvements and modifications made to the said items above either by ABC or Recipient.

【訳文】

「機密情報」は、ABC が機密であるとみなす性質を持つ一定の情報を含む、またはこれに関与するものであり、トレードシークレット、ノウハウ、技術、設計、図面、仕様、およびデータ、ならびにABCまたは受領者によって上記のものに加えられた改良または変更の全てを含むが、これらに限定されない。

confidential は、「秘密の」「機密の」と覚えている方が多いでしょうが、confidential の本来の意味は、「信頼に基づく」という意味です。名詞は confidence。「信頼」「信任」「信認」という意味です。名詞には「秘密」とか「機密」の意味はありません。

ではなぜ confidential information が、「秘密情報」という意味になるのでしょうか。
それは confidential relationship (relation) という考え方を理解するとよく分かります。

confidential relationship とは、一方当事者が他方当事者との信頼関係に基づいて、他方当事者の利益のために行動し、助言を行わなければならない義務を負う関係のことを言います。たとえば先生と生徒、医師と患者、聖職者と告解者が、この関係だと言えます。

この関係にある当事者間で、一方当事者が他方当事者から明かされる情報を、confidential communication (内密情報) といい、「信頼に基づき行われる開示」を confidential disclosure といいます。

例えば医師は、患者から知り得た情報を、その患者の同意を得ないで他人、例えば生命保険会社とかその患者の勤務先などに漏らしてはなりません。聖職者も、たとえ告解者から「人を殺しました」という懺悔を聞いたとしても、この告解者の同意を得なければ、法廷に出てきて証言することを拒否できます。弁護士と依頼人も同じ関係です。この拒否する特権を、privilege といい、この特権に基づき秘匿される情報を privileged communication (秘匿特権付情報) というのです。弁護士と依頼人間の秘匿特権を attorney-client privilege (弁護士・依頼人間の秘匿特権) といいます。同様に聖職者と告解者については、clergyman-penitent privilege、医師と患者の場合は doctor-patient privilege です。ジャーナリストにも、取材源を秘匿する journalist’s privilege というものが言論・報道の自由の原則に基づき存在しますが、昨年、アメリカで CIA 情報員の名前をメディアに漏らしたという疑いで、漏らした人物、すなわち取材源を明かすよう要求されたNY タイムズの女性記者がこれを拒否したため、法廷侮辱罪で収監されるという事件が大問題となったのは、記憶に新しいと思います。国家機密と言論の自由、どちらが重要であるかは、難しい問題ですね。

やや話が飛びましたが、企業と企業や、雇用主と従業員の間には、法的に認められた confidential relationship は存在しません。したがって、契約書に機密保持条項を加えたり、別個に機密保持契約を交わしたりして、秘密を守る措置を講じなければならないのです。

 

さて、第11回、第12回と続けて、法律文書に用いる表現の背景にある、英米法の仕組みや考え方をご紹介しました。もちろんこれがすべてではないのですが、契約書などによく登場する表現を中心に項目を選びましたので、取り上げた用語は今後必ず目にするはずです。今まで辞書を見て何となく意味を理解していただけの言葉の背景にある考え方を知ることで、よりしっかりと条文の意味を理解することができますし、訳文にも反映できると思います。

次回からは、何回かに分けて、英文契約書に特有の表現についてお話していきます。

どうぞお楽しみに!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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