TRANSLATION

カンタン法律文書講座 第二十二回 判決文の読み方

江口佳実

カンタン法律文書講座

英米法によるカンタン法律文書講座
第二十二回 判決文の読み方

さて、この「カンタン法律文書翻訳講座」の最終回は、判決文です。
外国で、同じ業界の企業が関わる訴訟や、重要な法的問題の含まれる判決があった場合などに、その内容を知りたい、判決文を読んでおきたいという需要が発生します。
判決文は、契約書や法律の条文とはまた異なる形式になっていますので、カンタンにご紹介しましょう。

最初に断っておきますが、判決文は大抵、ものすごく長いです。
ただ、同じような内容が繰り返し記述されていることも多く、使用される語彙もそれほど幅広くありませんので、ある程度慣れれば、そんなにひるむべきものではありません。

今回の講座を読みながら、第19回20回の講座のおさらいにもなりますので、併せてもう1度読んでみてください。

では、英国の判決文を例に挙げて見ていきましょう。
(下の例文の原文にミススペルなどがあっても、インターネット上で公開されている原文のままです)

例文は、今年ロンドンの高等法院で出された判決の冒頭部分。
この裁判は、あの世界的ベストセラーで、トム・ハンクス主演で映画化もされた『ダ・ヴィンチ・コード』が、自分たちの研究成果/著作を基にして書かれたとして、Michael Baigent、Richard Leigh という2人の研究者が出版社のランダムハウスを訴えたものです。


これは、判決文の冒頭です。
(1)~(6)までの数字をクリックしてください。その部分の解説が出ます。

【例文】

Neutral Citation Number: [2006] EWHC 719 (Ch)  (1)

Case No: HC04C03092


IN THE HIGH COURT OF JUSTICE

CHANCERY DIVISION

Royal Courts of Justice

Strand, London, WC2A 2LL

Date: 07/04/2006



Before :
MR JUSTICE PETER SMITH
(2)
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

Between :


 

(1) Michael Baigent
(2) Richard Leigh

Claimants(3)


– and –

The Random House Group Limited

Defendant
(4)

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
Mr Jonathan Rayner James QC and Mr Andrew Norris (instructed by Orchard Brayton Graham LLP) for the Claimants  (5)

Mr John Baldwin QC and Mr James Abrahams (instructed by Arnold & Porter (UK) LLP) for the Defendant

Hearing dates: 27th, 28th February, 7th, 8th, 9th, 10th, 13th, 14th, 15th, 17th and 20th March 2006 (6)

本文が始まります。(7)~(10)までの数字をクリックしてください。説明が出ます。

この箇所は、目次(INDEX)の後に始まる本文の最初の章です。『ダ・ヴィンチ・コード』が著作権侵害だという訴えなのに、著者のダン・ブラウンではなくランダムハウスが訴えられていることや、実際にはダン・ブラウンが訴えられているのと同じことであるといった内容が述べられています。

【例文】

Peter Smith J : (7)
A SETTING THE SCENE  (8)
1 Introduction

      1. The two Claimants Michael Baigent and Richard Leigh claim that the novel The Da Vinci Code (“DVC”) is an infringement of their copyright in their book The Holy Blood and The Holy Grail (“HBHG”). (9)

      2. The Claimants are two of the three authors of HBHG. The third author, Henry Lincoln is not a claimant and does not participate in the claim. No point is taken about his non participation.(10) Nor is there any claim that the Claimants’ title to sue in respect of their interests in that copyright by reason that they had been two of the three joint holders copyright.


      3. DVC was written by Dan Brown who lives and works in America. The Claimants’ case is that in writing DVC he produced a book which is an infringing copy of HBHG. The Defendant to the proceedings is The Random House Group Ltd (“Random”) which is responsible for the publication of DVC in the United Kingdom. Dan Brown is not a Defendant, but Random relied upon his witness statements and his evidence in this action. In reality Mr Brown is on trial over the authorship of DVC.

    【訳文】

    1. 2人の原告、Michael Baigent と Richard Leigh は、小説『ダ・ヴィンチ・コード』(「DVC」)が、彼らの著作『レンヌ=ル=シャトーの謎-イエスの血脈と聖杯伝説』(「HBHG」)の著作権を侵害していると主張する。

    2.  原告はHBHGの3人の著者のうちの2人である。3人目の著者は Henry Lincoln であるが、原告ではなく、本件申立てに参加していない。彼の不参加については、なんの議論も認められない。また、かかる著作権に対する原告の権利に関して原告が訴訟を起こす権原に対しても、彼らが3人の著者のうちの2人であるという理由においていかなる申立ても認められない。
    3. DVCは、アメリカに居住し仕事をするダン・ブラウンによって書かれたものである。原告側の主張は、DVCを著作することにより彼が、HBHGの権利を侵害する書籍を著作したというものである。本件の被告は、連合王国におけるDVCの出版に責任を負うThe Random House Group Ltd (「Random」)である。ダン・ブラウンは被告ではないが、Randomは彼の証人陳述および彼の証拠に依拠していた。実際には、ブラウン氏がDVCの著作について訴えられているのである。

下の例文の箇所は、71ページにわたるこの判決文のちょうどまん中あたりの38ページ

で、G. LEGAL MATTERSという章の中の、27. Designers Guild という見出しの下、

182段落目です。(11)~(14)をクリックしてください。説明が出ます。

【例文】

182. The key part of the judgment (11) as regards to the present case concerns and observations on “ideas and expressions“. Lord Hoffman said this (paragraph 23:- “Ideas and expression(12)

23 It is often said, as Morritt L.J. said in this case, thatcopyright subsists not in ideas but in the form in which theideas are expressed. The distinction between expression andideas finds a place in the Agreement on Trade-Related
Aspects of Intellectual Property Rights (TRIPS) ([1994] O.J.L336/213),
(13), to which the United Kingdom is a party (see Article 9.2: "Copyright protection shall extend to expressions and not to ideas …"). Nevertheless, it needs to be handled with care. What does it mean? As Lord Hailsham of St Marylebone said in L.B. (Plastics) Ltd v. Swish Products Ltd [1979] R.P.C. 551 at 629,(14) "it all depends on what you mean by ‘ideas"’.

 

【訳文】

182 この判決の中で本件に関して重要な部分は、「アイデアと表現」についての見解である。これについて、Hoffman 卿は、以下のように述べている(段落23-「アイデアと表現

23  Morritt L.J. が本件で述べているように、著作権が存在するのは、アイデアにおいてではなく、そのアイデアが表現されている形式においてであると、よく言われている。表現とアイデアの区別については、「貿易関連知的所有権に関する協定」(TRIPS) ([1994] O.J. L336/213) に記されている(第9.2項、「著作権の保護は、表現について適用され、アイデアについては適用されないものとする……」を参照)。この協定は、連合王国も加盟国である。ただし、これについては慎重に取り扱う必要がある。これはどのような意味であろうか? L.B. (Plastics) Ltd v. Swish Products Ltd [1979] R.P.C. 551 at 629において、Hailsham 卿は、このように述べている。「すべて、『アイデア』とは何だと考えるかによる」と。

 

判決では必ず、その判断の基準にした判例 (precedent) が挙げられます。この箇所で紹介されているのは、一般に「Designers Guild 事件」として知られている判決です。
判決文で判例を引用する時はかならず、その判例の判決文の中での重要な部分を直接引用します。ここでも、インデントされて"  "で囲まれているところは、その判例の中で判事が述べている言葉をそのまま引用しているのです。「23」というのは、その判例の中での段落番号です。

【例文】

END GAME

      360. For the reasons set out in this judgment I dismiss the Claimants’ action.

    【訳文】

    結論

    360 本判決文で上記の理由において、私は、原告の請求を棄却する。

360段落目にしてようやく、判決の主文が述べられました。
ここでのdismiss は、請求の実体について判断された結果なので、「棄却」です。

判決文全体でいえることですが、find a place in とか、subsists in とか、extend to とか、独特の文語的表現が多く使われるので、一見、難しそうに思われますが、訳を読んでいただければお分かりの通り、それほど難しいことが書かれているわけではありません。

文章が長いこと、引用が多いこと、文語的表現が多いことなどの特徴を掴み、これに慣れてしまえば、判決文はすぐにさらさらと読めるようになることでしょう。

さて、実はこの判決文、判決の内容よりも別のことで話題になりました。
ご存知の方もおられるでしょうが、このピーター・スミス判事という人、わりと茶目っ気のある人なんですね。この判決文の中に、『ダ・ヴィンチ・コード』風の暗号文を忍ばせたのです。
例文2の中にもいくつか見えますが、太字の斜体文字になっているのがそれです。
全部集めると、
SMITHYCODEJAEIEXTOSTGPSACGREAMQWFKADPMQZVZ
という文字列になるのだそうです。
この暗号の解読を巡って小説のファンや各新聞が大騒ぎした結果、The Guardian 紙が真っ先に解読に成功したとか。
判決文の全文は、次のURLから入手できます。
http://www.hmcourts-service.gov.uk/judgmentsfiles/j4008/baigent_v_rhg_0406.htm
The Guardian 関連記事:
http://books.guardian.co.uk/danbrown/story/0,,1763534,00.html

 

尚、この判決を不服とした原告は控訴し、Court of Appeal が控訴を認めたので、近いうちに第2ラウンドが開始されることでしょう。

さて皆さん、これで第22回講座、そしてこの『カンタン』講座の終了です。
いかがだったでしょうか。
なるべく難しすぎないよう、よく目にするパターンの法律文を選びながら、英米法の法律文書を読むときに、身につけておいたほうが良いと私が考えている基本的な知識をご紹介してきたつもりです。

それでもなかなか必要な知識の全てをご紹介するわけにはいきませんでしたし、『カンタン』と謳った手前、あまり細かく説明しなかった部分も多々ありました。

来年からは、そういったことを踏まえ、もう一歩突っ込んだ内容の法律文書講座を開講しますので、どうぞお楽しみに!
また、この1年間、お付き合いいただき本当に有り難うございました。

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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