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実践!法律文書翻訳講座 第五回 一見簡単そうな表現の訳し方 その1

江口佳実

実践!法律文書翻訳講座

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第五回 一見簡単そうな表現の訳し方 その1
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第1回から4回まで、長ったらしくてややこしい構文の条文をいかに読みやすい訳文に仕上げるか、という練習をしてきました。
でも、実際に訳文を作るとき、なぜか不自然な日本語になってしまうことがありませんか。
それは意外にも、難しい単語や構文のせいではなかったりします。
一見簡単そうでよく使用される単語や表現なのに、それを日本語にしようとするとぎこちない文章になってしまう、今回はそんな問題に焦点を当てていきたいと思います。

まず、前回の宿題から。
と、言いたいところなのですが、ここで一言お詫びをしなければなりません。
実は、前回の第4回に解説を載せた第3回分の宿題で、その訳例の中で文字が抜けてしまっていたために、意味が逆になってしまっていた箇所がありました。お気づきになった方もいらしたのではないでしょうか。

【例文】

In the event of any default or breach of any provisions hereof by either of the parties hereto, if such default or breach is not cured within thirty(30) days after the non-defaulting party’s written notice thereof, the non-defaulting party shall have the right to terminate this Agreement by giving written notice of termination.

【訳例】

本契約の一方当事者による、本契約のいずれかの規定の不履行または違反が発生し、不履行側当事者によってかかる不履行または違反についての通知がなされた後30日以内に、かかる不履行または違反が是正されない場合、不履行側当事者は、解除の通知書を付与することにより、本契約を解除する権利を有するものとする。

この「不履行側当事者」は、non-defaulting party ですので、「非不履行側当事者」の誤りです。
「非」「不」と、否定後が二つ重なってしまうため、変なことになってしまいました。
「非不履行側当事者」の代わりに、「不履行を行っていない当事者」とか、「違反のない当事者」などとしてもかまいません。
解説を読んで混乱してしまった読者がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。

さて、気を取り直して、前回の宿題を。

【例文】

Confidential Information does not include any information that (i) is or becomes generally available to and known by the public (other than as a result of an unpermitted disclosure directly or indirectly by the Receiving Party or its affiliates, advisors or representatives); (ii) is or becomes available to the Receiving Party on a nonconfidential basis from a source other than the Disclosing Party or its affiliates, advisors or representatives, provided that such source is not and was not bound by a confidentiality agreement with or other obligation of secrecy to the Disclosing Party; or (iii) has already been developed, or is hereafter developed, independently by the Receiving Party without violating any confidentiality agreement with or other obligation of secrecy to the Disclosing Party.

【訳例】

本件機密情報には、次の(i)~(iii)に該当するいかなる情報も含まれない。(i) 一般の人が利用可能である、もしくは公知のものである、またはそのようになるもの(ただしかかる状況が、受領側当事者またはその関係者、アドバイザー、もしくは代表者によって、直接的または間接的に、未許可の開示が行われた結果である場合を除く) (ii) 開示側当事者またはその関係者、アドバイザー、もしくは代表者以外の情報源から、機密保持の条件を付されずに、受領側当事者の利用できるもの、またはそのようになるもの。ただし、かかる情報源は、機密保持契約またはその他の秘密保持の義務によって開示側当事者に拘束されていない、かつ、されていなかったことを条件とする。(iii) 開示側当事者との機密保持契約またはその他の秘密保持の義務に違反することなく、受領側当事者によって独自に、すでに開発されていたもの、または今後開発されるもの。

長いですが怯まなくても大丈夫。
まず、(i)~(iii)の部分を主節から切り離してしまいます。
is or becomes のように、動詞の時制を変えたもので同じ句を共有する表現は、構成をよく見て、訳文のほうでもなるべく長ったらしくならないように工夫します。
またprovided that なども後から訳して。

==========
さて、今回の本題です。

簡単そうなのに訳しづらい表現。

◆and と or

法律文に限らず、非常によく使用される and と or ですが、意外にこれを上手に訳せていないことが多いようです。
これはおそらく英語の and と or のせいではなく、日本語の法律文書における and と or の訳語に相当する言葉、すなわち「及び」「並びに」と、「又は」「若しくは」の使い方にルールがあるせいでしょう。
このことはご存知の方も多いでしょうが、いまいちどおさらいをしておきましょう。

● 「及び」と「並びに」

(1) 「A及びB」
(2) 「A、B及びC」 「A、B、C及びD」
(3) 「A及びB、並びにC」  「A及びB、並びにC及びD、並びにE」

(1) のように、2つのものを並べるときは、「及び」を使います。読点「、」はいりません。
(2) のように、3つ以上のものを同列に並べるときは、最後の2つを「及び」でつなぎ、後は読点をつけます。
(3) のように、3つ以上のものを並べるのですが、そのうち一部が同列ではない場合は、一番小さいくくりに「及び」を、大きいくくりに「並びに」を用います。③ の前半は、AとB が一くくりで、Cと並列されています。③の後半は、AとBがまず一くくり、CとDも一くくりです。この場合、小さなくくり以外の並列にはすべて「並びに」を用います。


事業主並びに及び地方公共団体は、前項に規定する基本的理念に従って、女性労働者の職業生活の充実が図られるように努めなければならない。
(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)

では次に、英語の法律文書の中で見てみましょう。

【例文】

Any and all costs and expenses arising in connection with this Agreement shall be exclusively borne by the Company, including but not limited to legal, consulting, tax and accounting costs and disbursements and any other external advisors costs and expenses

【訳例】

本契約に関連して生じるあらゆる費用及び経費は、法務、コンサルティング、税務及び会計の費用及び支出、並びにその他の外部顧問の費用及び経費を含め、これらに限定されず、会社が単独で負担するものとする。

最初の Any and all の部分は、「すべての」という意味なので、ひとつにまとめてしまいますから、and は無視します。
次、costs and expenses は、2つの並列ですね。なので「及び」です。読点はいりません。
その次、legal, consulting, tax and accounting costs and disbursements はちょっとややこしいです。
最初の and で並列されているのは、legal、consulting、tax、accounting の4つで、どれもcosts と disbursements にかかります。同等の並列なので、「及び」になります。読点を使ってください。
後半の costs and disbursements も、costs and expenses と同様、2つの並列なので、読点を用いずに「及び」でつなぎます。
最後の and any other external advisors costs and expenses です。
ここの最初の and は、直前の costs and disbursements と、最後の external advisors costs and expenses を並べていて、2段階になっています。「A及びB、並びにC及びD」のパターンですね。

大体ご理解いただけたかと思います。
このように、同じ and の訳なのに日本語では「及び」と「並びに」分けることで、並べられている要素同士の関係を示すことができるのです。英語ではその関係性を文脈や構文から判断します。
慣れてしまえば、いちいち上のように分解して考えてみなくても、すらすらと使い分けができるようになるでしょう。

では、宿題です。

宿題

Seller shall indemnify, hold harmless, and at Purchaser’s request, defend Purchaser, its affiliates and subsidiaries, officers, directors, and employees, customers, agents and representatives, and those of its affiliates and subsidiaries, against all claims, liabilities, damages, losses and expenses, including attorneys’ fees and cost of suit arising out of or in any way connected with the Goods provided under this Agreement.

次回はこの続きで、「or」の訳し方、つまり「又は」と「若しくは」をお話します。
お楽しみに!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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