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実践!法律文書翻訳講座 第二十二回 訳しにくい表現 その3

江口佳実

実践!法律文書翻訳講座

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第二十二回 訳しにくい表現 その3
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第20回第21回に引き続き、今回も訳しにくい表現です。
法律文書が訳しにくい理由の1つに、「似たような表現が並んで訳し分けが難しい」ということがあると思います。
法律文は特に、記載漏れがないよう『これでもか』というくらい同じような表現や関連する用語を並べ立てるのが特徴です。
そういう場合にどうすればいいか、いくつか例を挙げて考えてみましょう

ではまず前回の宿題から。

【例文】

1. The Parties desire to share services and to enter into this Agreement to provide an arms-length basis for determining each Party’s reimbursement obligations for the use of such services.

2. Prior to terminating his employment, Employee signed a promissory note in favor of Employer in the amount of $15,000 plus 4 percent interest per year. The promissory note secured the repayment of a $15,000 loan from Employer to Employee. The promissory note was dated February 15, 2002 and provided for full payment of principal and interest by May 31, 2003

【訳例】

1. 両当事者は、サービスを共有することおよび、かかるサービスの利用についての各当事者の費用返済の義務を決定するにあたり独立当事者間の立場を規定する本契約の締結を望んでいる。

2. 被雇用者は、自己の雇用が終了する前に、雇用主を名宛人として、15,000ドルに年利4パーセントの利息を加えた金額の約束手形を振り出した。当該約束手形は、雇用主から被雇用者への15,000ドルの融資の支払いを担保するものであった。当該約束手形は、2002年2月15日の日付のものであり、2003年3月31日までに元本および利息の全額を支払うことを定めていた。

問題1のポイントは、an ~ basis の訳し方と、arm’s length です。
arm’s lengthとは、文字通りの意味「腕を伸ばした距離」から、at arm’s length で「それぞれ独立を保って」という意味になります。
arm’s length price/transactionでは、当事者の会社同士が親会社・子会社関係などにない独立した会社同士が定める価格や取引条件を指します。
問題1の条文でも、おそらくPartiesは親会社・子会社など関連会社同士で、サービスを共有するのだけれども、互いの関係は「独立当事者間で」いきましょう、という契約を交わそうとしているのだと思われます。

問題文2のポイントは、in favor of ですね。
前回お話したとおり、状況によって訳し方を考えなければなりません。
ここでは約束手形についての文章ですから、in favor of ~の「~」は、お金の支払いを受け取る方、手形の名宛人(受取人)です。「~に有利なように」とか「~を受益者として」と訳すより、訳例のように「~を名宛人として」と訳した方がいいでしょう。ちなみにsigned も「署名した」でも構いませんが、約束手形ですから「振り出した」と表現した方がそれらしくなります。

◆ 同じような表現が続いて訳しにくい場合

【例文】

Customer acknowledges and agrees that the Information provided to Customer hereunder may contain proprietary and confidential information that is protected by applicable intellectual property and other laws.

【訳例】

お客様は、本契約に基づきお客様に提供される情報には、適用される知的財産権に関連する法律及びその他の法律によって保護される、専有情報および秘密情報が含まれる場合があることを認め、これに同意します。

契約書を含め法律文書には、この例文にある proprietary and confidential のように、似たような言葉が続く場合があります。null and voiddue and payable など、よく見かけるでしょう。その理由は、Law Frenchといって昔の英国では法律用語にフランス語が使用されていたことの名残であったり、先にも述べたとおり記載漏れがないようにという注意から網羅的に列挙するためであったりします。

null and void のような同義語の場合は一言で「無効で」と訳して構いません。
同様な例には以下のようなものがあります。

by and between ~(当事者)によって
convey and transfer
譲渡する
final and conclusive 確定的な
full force and effec 完全に有効で
means and includes
~を意味する
power and authority 権限

他にもありますが、書ききれません。
似た言葉が2つだけでなくもっと続くこともあります。

【例文】

This document and any related agreement may be altered, modified or amended only by a written document signed by both parties.

【訳例】

本文書および関連する契約書は、両当事者が署名した書面によってのみ、変更、修正、または改正できる。

いずれも「変える」という意味なのですが、それぞれ何となくニュアンスが異なるかもしれません。alter は、衣類の「お直し」をalterationと言いますね。でもデータの「改ざん」という悪い意味でも使われることがあります。modify は改善の為に行う修正、amend は合衆国憲法の「修正=Amendment」に見られるように、法律の「改正」によく使われる言葉です。せっかく3つも言葉を並べていますし(さらにchange やadjust などが入ることもあります)、日本語でも少しずつ違う訳語をあててあげることは可能なので、むげに一言に省略してしまわず、訳例のように訳し分けてあげて良いでしょう。

一方で、似たような言葉でも違う意味であることを意識した方が良い表現もあります。
最初の例のproprietary and confidentialも実はこの部類です。

confidential は「秘密」「非開示」という意味で使用されます。もともとは、confidence=信頼からきている言葉で、相手との信頼関係に基づき開示される情報→だから他に公開しない、という意味で「秘密」です。

proprietary は、propertyと関連する言葉で、情報や知識に関して使用されるとき、その情報/知識には「所有権/財産権が関係しますよ」という意味です。
proprietary right で「所有権」、proprietary (trade)name で「商標名」、proprietary medicine で「専売医薬」といった使い方をします。
proprietary information は「財産権の対象となる情報」という意味ですが、「専有情報」と訳すことが多く、場合によっては「機密情報」と訳されている場合もあります。したがって、confidential informationと区別できないじゃないか、ということになるのですが、意味の違いを認識して訳した方が良いでしょう。

termination と expiration も同様です。

【例文】

The terms of this Section 15 will survive any termination or expiration of this Agreement.

【訳例】

本第15条の条件は、本契約の解除または終了の後も存続する。

契約のtermination は、何らかの理由でその契約を終了させること。expirationは、最初から決められた期間が終了することです。「満了」ともいいます。

では、宿題です。

宿題

1. Distributor agrees to consistently use best efforts to market, sell, distribute, promote and otherwise encourage the purchase of Products by Customers.

2. This Agreement may be terminated if either Party shall file a voluntary case under any applicable bankruptcy, insolvency, debtor relief, or other similar law now or hereafter in effect, or shall consent to the appointment of or taking possession by a receiver, liquidator, assignee, trustee, or custodian of such Party, or shall make any general assignment for the benefit of creditors, or shall fail generally to pay its debts as they become due.

「2」の条文はちょっと長いですが、契約書のTerminationの条項でしょっちゅう見られるタイプの条文です。似たような表現がずらっと並んでいますので、良い練習になるはずです。がんばって取り組んでみましょう。

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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