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第2回 非臨床試験 

横田晴子

治験翻訳入門

(1)製造方法並びに規格及び試験方法、安定性試験、薬理試験

 前回、医薬品開発の概略をお話しましたが、その過程で行われる試験のうち、今回は

1.製造方法並びに規格及び試験方法に関する試験

2.安定性に関する試験

3.薬理作用に関する試験

について、もう少し具体的に見ていきましょう。(以下の記述では主要な単語にカッコ付で対応する英語を入れましたが、これらはあくまでも、その分野での使い方で、分野が異なれば、用語も異なることにご留意ください。)

1.製造方法並びに規格及び試験方法(Manufacturing methods, specifications and testing methods)

 

これらの試験は物質としての薬がどのような顔つきで、どのような性格かという、いわば身分証明となる試験です。薬の構造決定(structure determination)、物理化学的特性(physicochemical properties)の確認、製造方法(manufacturing method)、どのような規格(specifications)に基づいて作られているか、そのことはどのような試験で証明されるか、などです。

 構造決定は物質内の原子配置を明らかにすることにより、その薬の化学構造を決定します。

方法としてはNMR(核磁気共鳴法)やX線解析が用いられます。物理化学的特性の確認には、それぞれの薬の特性に対応した試験法が用いられます。試験法は日本薬局方などに規定されています。

 規格には薬の有効成分である原薬(drug substance)の規格とそれに賦形剤(excipient)や添加物(additive)などを加えて製品とした製剤(drug product)の規格があり、以下のような項目について規格が設定されます。

 名称(name)、構造式(structural formula)又は示性式(rational formula)、分子式〈molecular formula〉及び分子量(molecular weight)、基原(origin)、含量規格(content specification)、性状(properties)、確認試験(identification test)、示性値(物理的化学的性質等specific physical and chemical value)、純度試験(purity test)、水分含量〈水分又は乾燥減量water content or loss on drying〉、強熱残分(residue on ignition)灰分(ash)又は酸不溶性灰分(acid-insoluble ash)、製剤試験(pharmaceutical preparation test)、特殊試験(specific test)、その他の試験項目(微生物限度試験microbial limit test、原薬の粒子径particle size of the drug substance)、定量法(assay)、標準物資(reference material)、試薬(agent)・試液(test solution)

構造決定や物理化学的特性の情報は後にその薬の添付文書にも記載されます。

規格については「新医薬品の規格及び試験方法の設定について」というガイドラインがあり、ICHの英文と対応しています(http://www.pmda.go.jp/ich/quality.htm)。また、製薬会社には当局から入手した規格作成用のtemplateがあると思います。

2.安定性試験 (Stability tests)

 

安定性試験(stability test)は薬をどのような条件下でどのくらいの期間保存した時、どう変化するか、などを検討する試験です。それらのデータに基づいて、製品になった時の貯蔵条件や有効期間(shelf life)などを設定します。これらの試験には原薬に関するものと、製剤に関するものがあります。安定性試験には以下のような試験が含まれます。

長期保存試験(long-term shelf-life testing):申請〈又は承認〉されるリテスト期間又は有効期間を設定するために、ラベルに表示される貯蔵条件下で行う安定性試験

苛酷試験(stress testing):原薬の本質的な安定性を明らかにするために行われる試験。開発段階で行われ、通常、加速試験よりも苛酷な保存条件(storage condition)を用いて行われます。

また、製剤については苛酷条件の影響を評価するために行われ、光安定性や特定の製剤についての特殊試験〈計量吸入剤、クリーム等〉が含まれます。

加速試験(accelerated testing):原薬又は製剤の化学的変化又は物理化学的変化を促進する保存条件を用いて行う試験。加速試験の成績は長期保存試験成績とともに、申請する貯蔵方法で長期間保存した場合の化学的影響の評価に利用されます。*

*ここに示した用語を含む安定性試験の用語集が「安定性試験ガイドラインの改訂について」に載っています。ICHの英文もあります。http://www.pmda.go.jp/ich/quality.htm参照。

 1.と2.の試験は文科系出身者にとっては難しいものといえます。これらを引き受けるなら、化学の教科書などを読んで考え方や実験方法の世界に馴染むとともに、ガイドラインや日本薬局方の英文作成要領などを勉強する必要があります。製造方法や規格などは機密性の観点からあまり外注されませんが、ないわけではなく、また英訳が外注されることもあります。また、これらの試験報告書自体の翻訳ではなく、動物試験や臨床試験の報告者中でこれらの試験結果が引用されることがありますので、どのような試験かを知っておくことは必要です。 試験方法はICHのガイドラインとおおむね対応するため、日本語版とICHの英語版を照合することができます。医薬品医療機器総合機構のホームページからICHガイドラインの品質の項(http://www.pmda.go.jp/ich/quality.htm)を、厚生労働省の日本薬局方(英文版もあり)のサイトから試験方法の項などを参照します。(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/yakkyoku/index.html)

3.薬理作用に関する試験(Studies on pharmacological effects)

効力を裏づける試験(tests on primary pharmacodynamic effect*, 又はtests supporting the efficacy)

 薬理作用とは、まず、その薬の存在理由となる薬効を意味します。その薬の目的とする効果を裏付ける試験が効力薬理試験です。生体内でどのようにして薬理作用が発現するか(作用機序mechanism of action)、どの用量で、どの投与経路で、どの動物に投与した時、どの程度の効果が見られるか、などを検討します。これらの試験はまず試験管内(in vitro)で臓器片などを使って行い、次にラット、マウス、ネコ、イヌなどの動物の生体内(in vivo)で行われます。また、健康な動物に投与した場合のほか、ヒトの病気を想定して作った病態動物モデル(たとえば、高血圧ラット、関節炎モデルなど)を使った検討も行います。薬理作用はそれぞれの薬固有のものですので、これを検討する試験方法もそれぞれ異なります。

副次的薬理試験(secondary pharmacodynamic effect)

 物質は目的とする薬理作用だけでなく、副次的な作用も併せ持つ場合が多いので、それを検討するのが副次的薬理試験です。また、薬が生体内に入った時、代謝によって生ずる代謝物(by-product)も薬理作用をもつことがあり、その検討も行われます。

* pharmacodynamics:個体に対する薬物の薬理学的又は臨床効果についての試験。用量や薬物濃度と効果との関連を調べることを目的とする。

 このように、薬効薬理試験の内容は薬によって異なり、試験方法も一様ではないため、一律なガイドラインはなく、参考にできるものが限られています。翻訳を依頼するクライアントはその薬に関する情報を持っていますので、翻訳会社を通してできるかぎりクライアントに参考資料を提供してもらいます。入手できない場合はその領域の専門書や既存の類似薬の薬理などを参考にします。日本薬学会、日本薬理学会はそれぞれ用語集を作成しています。(日本薬学会http://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi  日本薬理学会http://plaza.umin.ac.jp/JPS1927/glossary/ex-glossary-a.htm )

安全性薬理試験(safety pharmacology)

 一方、目的とする薬効が得られても、ヒトに適用した時に、その他の臓器や機能に有害な作用を及ぼすものは、薬として望ましくありません。このような作用がないことを確認するのが安全性薬理試験です。安全性薬理試験では治療用量及びそれ以上の用量で、被験物質が生理機能に及ぼす望ましくない薬力学的作用 (pharmacodynamic effect)を検討します。動物モデル又はin vitro〈試験管内〉で動物又はヒトの試料〈摘出器官及び組織、培養細胞、細胞フラグメント、受容体等〉を用いて、またin vivo〈生体内〉では臨床適用経路で、被験物質を投与します。中枢神経系(central nervous system, CNS)、心血管系(cardiovascular system)、呼吸器系(respiratory system)などへの影響を検討します。

ICHのガイドラインに対応した安全性薬理試験のガイドライン」を参照して下さい。(http://www.pmda.go.jp/ich/safety.htm)

次回は毒性試験についてお話します。

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記事を書いた人

横田晴子

国際基督教大学を卒業後、株式会社医学書院にて内科雑誌の編集を担当。その後サンド薬品株式会社にて、医療機器開発、医薬品開発関連の翻訳を担当。合併によりノバルティスファーマ株式会社となってからも、医薬品開発関連の翻訳および翻訳外注管理を担当。2003年には同社にてメディカルライティング部署創設に参画。退職後は外部委員として社内治験審査委員会に参加し、また、フリーランス翻訳者として医薬品開発関連の翻訳に従事。

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