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カンタン法律文書講座 第十一回 英米法のお話(1)

江口佳実

カンタン法律文書講座

英米法によるカンタン法律文書講座
第十一回 英米法のお話(1)

英文の契約書の中で、Indemnity (免責) 条項やWaiver (権利放棄) 条項などで、次のような1文を見かけることがあると思います。

【例文】

The remedy provided for in this Section 15 shall be in addition to any other remedies available to Indemnitee at law or in equity.

【訳文】

本第15条に定める救済は、コモン・ローまたはエクイティにおいて本件被補償者に認められるその他の救済に追加されるものである。

上のような条文を訳すとき、私はいつも「コモン・ローまたはエクイティ」の部分に訳注をつけることにしています。この部分は、日本の法律の考え方とは異なる英米法についての知識がないと、一般の人が理解できないと思われるからです。

詳しくは以下に述べていきますが、このように、英米法に基づく契約書を読んだり訳したりする際には、英米法の仕組みや考え方について少し知っておいた方が良い場合があるのです。そこで今回と次回の2回にわたって、契約書によく出てきそうな内容から、英米法の仕組みや考え方について少しお話したいと思います。

◆common law って?

この講座の最初に、英米法はもともと英国で発展した法体系で、かつて英国に支配されていた米国やカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、香港、シンガポールなどの国でも、同じ体系の法律が採用されている、とお話しました。この法体系を、common law (コモン・ロー) と呼びます。

これに対比するもので、civil law (大陸法) という法体系があります。こちらは、ローマ法の影響を受けながらヨーロッパ大陸で発展してきた法体系です。日本の法律は、ドイツの法律を基に作られて発展してきましたから、こちらの方です。

コモン・ローの特徴は、基本的に判例で発展してきた、という点です。元々、「はい、これが法律ですよ」と文章にして書かれた法律がなく、裁判所の判決を積み重ねて法律が作られてきたのです。

英国には、成文化された憲法もないのです。

このようなコモン・ローの特徴を踏まえて、話を先に進めたいと思います。

 

common law equity

まず注意してほしいのは、ここでの common law と、前項で述べた common law は、言葉の意味として異なるという点です。前項でのコモン・ローは、大陸法と対比した場合のコモン・ロー。この項で説明するコモン・ローは、エクイティと対比した場合のコモン・ロー。

では、エクイティと対比した意味のコモン・ローとは、何であるのかを説明しましょう。

簡単にいうと、イングランドにおける法の仕組みは、common law (コモン・ロー/普通法)と equity (エクイティ/衡平法)の2つに分かれていました。訴え出る裁判所も異なれば、手続きの方法も、また法の中身自体も別々だったのです。

common law は、1066年のウィリアム大王によるノルマン征服の後、古くからのイングランドの慣習を基にしながら、国王の common-law court (コモン・ロー裁判所) での判例として、形成されてきたものです。

このように、エクイティには、コモン・ローができない裁定を行うという役割があったのです。特定履行以外で、エクイティが認める救済には、有名なものでは injunction (差止命令)、その他に rescission(取消し)、 rectification (修正)、などがあります。

ところが、そのコモン・ローの決まりに当てはまらないケースや、人々が望むような救済が得られない場合などが出てきます。そこで人々は国王に直接訴えて(後にはこういった問題を大法官 ( Lord Chancellor ) が司るようになります)、その裁量で救済を得るようになってきます。こうして形成されたのが、 equity です。 equity の語源はラテン語の「正義」とか「公正」という意味の言葉ですが、コモン・ローでは正義を達成できない部分を、エクイティが補充してきた、と考えられています。

具体的に言うと、コモン・ローでは基本的に救済 ( remedy ) として、金銭による賠償 ( damages ) しか認められませんでした。

たとえば、デイビッドさんとリチャードさんが、土地売買契約を結んでいましたが、リチャードさんの気が変わってリチャードさんは土地を売ってくれません。この契約違反によって、デイビッドさんにとっては、その土地に家を建てようと購入していた家の材料50ポンドの損害が発生しました。

コモン・ロー裁判所はリチャードさんに、「デイビッドさんに対して50ポンドを支払え」と命じることしかしてくれません。ところがデイビッドさんは、リチャードさんから賠償金を払ってもらうよりも、リチャードさんに約束どおりその土地を売ってもらいたいのです。そこでデイビッドさんは、エクイティの裁判所( court of Chancery )に訴えて、土地を売るようにという特定履行( specific performance )を命じてもらいます。

ここでもう一度、冒頭の例文を見てみましょう。

【例文】

The remedy provided for in this Section 15 shall be in addition to any other remedies available to Indemnitee at law or in equity.

【訳文】

本第15条に定める救済は、コモン・ローまたはエクイティにおいて被補償者に認められるその他の救済に追加されるものである。

ここでも remedy の話になっていますね。

この第15条で述べられている救済が具体的にどのようなことなのかは、この1文では分かりませんが、 remedies at law と、 remedies in equity を区別して言及しています。そうすることで全てを網羅し、抜け道がないようにしているのです。

従って、 equity と並べて使用されている law とか legal といった表現は、普通の「法律」「法的」という意味ではなく、 equity に対する common law を意味するのだと理解して訳さなければなりません。「法律」と訳したところで、契約書の条文の内容が大きく異なるわけではありませんが、英米法におけるこの区別を分かっている人が読めば「あ、この翻訳者は知らないのだな」と思われてしまいます。

ちなみに、原文において、「コモン・ロー上の」という意味で at law とすべきところを in law としていることもあります。この場合は、この原文を書いた人が正確な使い方を知らないのだな、と思ってください。「エクイティ上の」のときは、 in equity です。

 

◆the law of England

契約書の Governing Law (準拠法)の条項で、よく次のような条文があります。

【例文】

These terms and conditions shall be governed by and construed in accordance with the law of England and you hereby submit to the exclusive jurisdiction of the English courts.

【訳文】

これらの諸条件は、イングランド法に基づき支配および解釈されるものとし、貴殿はここに、イングランドの裁判所の排他的管轄権を受けます。

the law of England について、私は決して「英国法」と訳さないことにしています。

それは、「英国法」なんてものが、存在しないからです。

「英国」と日本語で言う場合、それは the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland を指しています。これを正確に訳すと「グレートブリテン・北アイルランド連合王国」です。この中には、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドという、歴史的に別々の「国」だった地域が含まれています。このうち司法制度が共通なのはイングランドとウェールズだけで、スコットランドと北アイルランドはそれぞれ独自の司法制度を持っています。議会についても、スコットランドとウェールズにそれぞれ議会を設置する法律が1997年に可決され、選挙が実施されて99年に議会が成立しています。

アメリカにも州(State)があり、それぞれの州の議会や州法がありますが、英国のイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの区別は、アメリカの州とも違います。分かりやすい例で言うと、今、ちょうどサッカーのワールドカップが開催されていますが、主将ベッカムが率いているのはイングランド・チームですよね。スコットランドもウェールズも北アイルランドも、それぞれ別のナショナル・チームを持っていて、UKチームなんていうものは存在しません。逆にアメリカはワールドカップに「テキサス州チーム」のような州別チームを出しませんから、その違いが分かると思います。

国というと1つの統一された存在だと私たち日本人は考えがちですが、英国のように、必ずしもそうではない国もあるのです。

「イギリス法」は微妙な表現だと思います。

もともと England を日本語にするときに「英吉利」と当て字で表現し、これが「イギリス」という読み方になったものなので、England を「イギリス」と訳してもいいかもしれないのですが、今では「イギリス」というと「英国」と同様、UK 全体を指す意味で用いられることがほとんどなので、the law of England を「イギリス法」と訳すのは適切ではありません。

そんなわけで、the law of England といえば「イングランド法」です。

 

◆statute

【例文】

Warranties and Disclaimers

Except as expressly provided otherwise in an agreement between ABC and XYZ, all information disclosed hereunder is provided “as is” without any other warranties or conditions, express or implied, including, but not limited to, the warranties of merchantability, satisfactory quality, or fitness for a particular purpose, or those arising by law, statute, or usage of trade.

【訳文】

保証および責任の排除

ABC および XYZ 間での合意において別段の定めがない限り、本契約に基づき開示された情報は、商品性、満足すべき品質、または特定目的への適合性についての保証、または法律、制定法、または商慣習によって生じる保証などを含め、これらに限定されず、明示的にも黙示的にも、その他いかなる保証または条件もなく、「そのままの状態で」提供されている。

statuteは、立法府が制定した成文法のことです。

上に述べたように、英国はコモン・ローという、判決(判例)を積み重ねてきたものが法とされている国ですが、一方で議会政治発祥の国ですから、議会が制定した法律も当然あります。

そもそも、コモン・ローの考え方の中には doctrine of precedent (先例拘束性の原理)というものがあって、これは、ある事件で判決として下された判断は、その後の同種の事件でも従われるべきであるという法理(法律上の原則)です。

だからといって、永久に古い判決に従わなければならないというわけではなく、時代と共に社会の必要性や考え方が変わってくるわけですから、新しい判決や新しい制定法によって、法律も変わっていきます。

ですから、判例も制定法も、最も新しいものが有効となります。

新しい制定法が、古い法律(制定法も判例法も)を取り消すことを動詞で repeal といいます。

【例文】

The Proceeds of Crime Act 2002 does not repeal the Terrorism Act 2000.

【訳文】

2002年犯罪収益没収法は、2000年反テロリズム法を取り消したわけではない。

新しい判決が、古い判例を覆すこと(上級審が下級審の判決を覆すときも含めて)を、動詞で overrule といいます。

【例文】

The Supreme Court shall overrule decisions from all courts on the grounds that the courts did not have jurisdiction or transgressed the limits of its jurisdiction.

【訳文】 

最高裁は、すべての裁判所の判決を、その裁判所に管轄権がない、またはその裁判所が自らの管轄権を逸脱したという理由で、覆すものとする

また、アメリカの連邦議会などで、両院で可決された法案に対して大統領が拒否権を発動し、それを両院が所定の賛成票で再可決した場合を、動詞で override といいます。

【例文】

Congress has overridden only ten of President Ford’s 56 vetoes.

【訳文】 

米議会は、フォード大統領の拒否権発動56回のうち、わずか10回を再可決したのみである。

ちょっとややこしいですね。

日本でも判例に拘束されるという考え方はありますが、裁判所の判決が法律になるという考え方ではないので、「制定法( statute )=法律」が当たり前では、と思いがちです。

英国や米国でも毎年のように新しい法律が議会で制定されますから、もちろんそちらも重要なのですが、一方で、制定された法律をどう解釈し、実際の事件や裁判にどのように適用するかを決めるのは裁判所であり、その判断がその後の法律になっていくので、判例の方も非常に重要なのです。米国で時折、Supreme Court Judge に誰が選ばれるかが非常に大きな政治的問題として注目されるのは、そういうわけなのです。

ですから、先の例文のような契約書の条文でも、law だけで良さそうなところをわざわざ statute を並べておくのも、逆にそれだけ、判例が重視されていることの表れだと思います。

 

 

さて、今回は、英米法の基本的な仕組みについて、少しお話しました。なるべく分かりやすく説明したつもりですが、所詮、日本人には馴染みのない考え方なので、少し難しかったかもしれません。ですが、冒頭で述べたように、これらの知識を持っていれば、法律文書の翻訳で役立つ場面がきっとあると思います。次回はもう少し具体的な内容で、契約書に関連する英米法の考え方をご紹介します。

お楽しみに!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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