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辞書を編む 〜その3〜

アース

通訳・翻訳者リレーブログ

(前回の概要)20世紀最後の年、出版のあてもないまま、見切り発車で『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の制作が始まりました。どの出版社に持ち込むにせよ、しっかりした企画内容はもちろん、サンプルがなければ話になりません。とにかくまずはA〜C項目のサンプル原稿を書きましょう、ということになりました。しかし、いったいどこから手をつければいいのでしょうか。使える辞書が欲しいという欲求だけは強いものの、それを自分たちで作るとなると、まさに五里霧中です。

                ☆

まず誰でも思い浮かべるのは、「単語ひとつから成る用語」も「複数語から成る用語」も、すべて見出し語としてアルファベット順に並べ、対応する日本語をひたすら並べる、というやり方でしょうか。

形容詞を名詞の前に置く英語では、核となる単語(例えば stock=株式)が共通する用語であっても、

(O)ordinary stock=普通株式
(S)stock=株式
(V)voting stock=議決権付株式

のように、アルファベットのあちこちに散ってしまいます。従って構成上、何らかの対処が必要ですが、基本的に形容詞を名詞の後ろに置くスペイン語では、

(A)accion=株式
(A)accion comun=普通株式
(A)accion con voto=議決権付株式
(アクセント記号は除いています)

といった感じで、核となる単語が共通する用語がきれいに並びます。よって、その点で苦労はありませんでした。

このように、1対1(多くても1対2〜3)で原語と訳語が並んだ「単語帳」は、作る方はもちろん、辞書を引く方も楽ですし、ずばり目的の語の訳が見つかるという点で、圧倒的な利点があります。ただ、その用語が掲載されていなければ、そこで終わり。核となる単語(上記の例ではstock/accion)も載っていない場合は、その用語の意味、ニュアンス、使用例はおろか、基本的な訳語を推測することもできません。

ですから、「この辞書を単なる単語帳にはしたくない」、これがメンバー全員で一致した思いでした。

日本でこそ、スペイン語の経済関係の用語辞典は(事実上)我々の作った本のみですけれど、欧米に目を転じますと、これが結構存在します。スペイン語関係者は皆、ワラにもすがる思いでそれらを購入しそして・・・結果的に本棚の隅でホコリをかぶっている辞書が、いったい何冊あるでしょうか。ひいふうみの・・ああ。

分野を問わず、例えば「○ヵ国語○○専門用語辞典」の類いは、書籍にしろネット上にしろ案外存在します。用語説明などは一切なく、基本となる言語を中心に、ひたすら訳を並べていくタイプです。○ヵ国語の中に日本語が入っていればいいのですが、大抵は入っておらず、欧米語だけということが多いので、例えばスペイン語から英語を探し、そこから日本語を探す、という経路をたどるわけです。

しかし。

そうした辞書は、いずれか一つの言語を中心に編纂されています。その多くは英語でしょうか。つまり、もともと存在する英語の専門辞典を元ネタにして、それを多言語展開するというやり方です。

そのようにしてできた辞典は、実務者の目からすると、どう見ても、英語の単語をただスペイン語やドイツ語の単語に「置き換えた」だけで、実際に使われているとは到底思えない表現がずらりと並んでいたりして、がっかりしたことも一度ならずあります。

インド=ヨーロッパ語族の場合は、多くの場合、類似の単語が存在し、意味も大体かぶっているので、「世の中で本当に使われているかどうか」はともかく、「とりあえずその英語の意味を表す表現」が簡単に作成できてしまうわけですね。この点、「実際に使われている用語を載せる」ことを第一義に辞書を編纂した者として、特に強調しておきたいところです。これまでの経験から言って、一部の辞書では、「実際に使われているかどうか」に関わらず載せているものが少なくないと想像します。「まじ?」という声が聞こえてきそうですが・・・残念ながらたぶん本当です。

例えば英語の場合、名詞だけをずらずら並べた表現がありますけれども、他の言語は文法的にそれができないことが多いので、どうしても前置詞を多用することになります。よって、核となる名詞だけ見れば大丈夫でも、前置詞や冠詞部分まで含めると「実際にはほとんど使われていない並び」になっていることが(非常に)多いです。さらに名詞の単複まで考慮すると、「ネット上での使用数僅少〜ゼロ」のものが少なくありません。そういう用語は、ネイティブさんには「通じる」けれども「なんとなくおかしい、不自然」な印象になるのではないかと思います。(日本語の専門用語を最小単位に分解して、それぞれ英訳し、並べ直したのと同じことですね)

ですので、多言語の専門用語辞典、あるいは別の外国語辞典を元に制作された辞典は、その用語が本当に使われているかどうか、ネットなどで確認することを強く強くお勧めします。

と、興奮して話がずれてしまいました。もちろん、中には素晴らしい辞書も多数存在することを強調しておきたいと思います。(印象の悪いものって、なかなか脳裏から去ってくれないので、つい・・)

そんなわけで、そういった辞書の轍を踏みたくないという気持ち、「本当に使われているものだけを載せ、しかも単なる単語帳にとどめることなく、利便性の高い辞書にしたい」という気持ちは皆に共通していたと思います。

第1回会議の議事録に、こうあります。

「基礎的な経済用語と現代用語を網羅し、その用例を併記してスペイン語での概念を把握できるようにする。また良質な例文を載せて、その用語の実際の具体的な使われ方が分かるようにする(できれば汎用性の広い例文がよい)」

これに加えて、仮の企画書を作った段階では、

「経済の専門家でなくとも、ある程度専門用語の概念が把握できるよう、簡潔な用語説明を必要に応じて加える」

という文言も加わりました。

・・・いま改めてこの文章を読んで、当時の自分に「怖い物知らず!!」と言ってあげたいです。上記のような目標を抱くのは簡単ですが、アナタたち、それを実現するためにどんな苦労が待っているのか分かっているのっ。うっうっ。

涙があふれて画面が見えなくなってきましたので、今回はここまでとさせてください。次回は、聞くも涙、語るも涙の本文執筆編です(たぶん)。
earth64.png※最初に作ったサンプル。当初は紙での出版を想定していましたので、従来の辞書の構成を踏襲しています。

                           (たぶんつづく)

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記事を書いた人

アース

田舎の翻訳者。外国留学・在留経験ナシ。都会生まれの都会育ちだが、現在はド田舎暮らしで、ネットのありがたさにすがって生きる日々。何でも楽しめる性格で、特に生き物と地球と宇宙が大好き。でも翻訳分野はなぜか金融・ビジネス(英語・西語)。宇宙旅行の資金を貯めるため、仕事の効率化(と単価アップ?!)を模索中。

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