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学生通訳コンテスト

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

2時に起きて、同時通訳のデモンストレーションの準備を行う。スクリプトはいただいているので、ザッと単語は調べてある。あまりスクリプトに頼りすぎて「同時通訳」ではなくなってしまってはいけないのであえてそのぐらいにとどめて、準備は主に知識面の拡充に置いてきたのだが、さて大丈夫だろうか。ICレコーダーにスクリプトの英語と日本語を録音し、それを再生しつつ同時通訳してみた。

……うわーっ!ダメだ、出来ないー!!!!

内容が専門的過ぎるとか、言葉遣いが難しすぎるとか、いろいろ言い訳はあるのだが、一言でいうと僕の力不足。こ、これはマズイ。かと言って、公衆の面前でやるわけだから、訳文を作って持っていって、それを読み上げると言うわけにも行かない。第一それでは学生さんの参考にならないではないか。とは言え本番は今日。どどどど、どうしようどうしようどうしよう。

まて、落ち着け。これはいまさらジタバタしても仕方ない。練習の数を重ねるしかあるまい。

訳しては置いていかれ、その原因を検討してまたやってみては挫折しという状態で3時間ほどのた打ち回った挙句、何となく形になってきた。さて、それではいよいよ本格的に……と思っていたら、何やら寝室から泣き声がする。

なんだろうと思って書斎から出てみると、息子がおねしょをしてしまったらしく、妻に怒られていた。気持ちは妻と同じだが、僕まで怒鳴りつけても逃げ場がないだろうし、彼自身も身にしみて(というか、尻にしみて)悪かったと思っているのだろうし。早いところ事態を収拾して勉強に戻ろうと思ったので、努めて冷静に「濡れたもの脱いで、洗濯機に入れて。もう1時間もしたら洗濯機回すから、洗面所でゆすがなくてもいいから。さあ、風邪引く前に着替えよう。お布団は後で干すから、濡れてないお布団で寝なさい」と言って何とかその場を収めた。

その後も練習を続け、6時ごろから朝食の準備。7時前からご飯。7時20分ごろ出発。代表として出場する学生および見学に行く学生たちと、東京駅に8時45分に待ち合わせの予定だったのだが、10分ほど前に到着すると1人を除いてそろっていた。感心感心。僕を入れて総勢6人で新幹線に乗る。自由席に乗ったのだが、上手いこと3人がけの座席が2列取れたので、向かい合わせにして座った。

新横浜を出たあたりでデッキに出て、ひたすら同通の練習をする。代表の学生も準備に余念がない。ひとつ感心だなと思うのは、見学の学生4人も彼の勉強を甲斐甲斐しくサポートしてやっている。実に良い雰囲気だ。こういう、みんなで協力して学びあうという雰囲気が本当に好きだ。

名古屋に着き、急いで名古屋外大へ。最寄り駅からはタクシーに分乗した。面倒くさいのでタクシー代は全部僕が持つ。せっかく呼びかけに応えてくれた学生たちなんだから、多少は優遇してあげたい。

到着早々に開会式があり、すぐにコンテストが始まった。引率教員席には、東京外大のT先生をはじめ、そうそうたる面々がそろっている。みんなが「いぬさん、今日の同通デモンストレーション、楽しみにしてます!」などと言って下さるが、こちらは一言ごとに顔色が青ざめるばかりだった。

まずい、数年ぶりの同時通訳というだけでも綱渡りなのに、考えてみたら会場は玄人だらけだった。各校の引率の先生方はバリバリの同時通訳者ばかりだし、第一審査委員長はあの原不二子先生、さらに審査員には篠田先生も名を連ねていらっしゃる。名人クラスの落語家の前で「デモンストレーション」をやる前座の気分、と言ったら良いだろうか。いまさらながら、何と大それたことを引き受けてしまったんだろうと胃が痛くなる。

それにしても、各校の代表の学生さんたちの逐次通訳の訳出は、実に上手い。英日はともかく、日英でも乱れが少ないのはたいしたものだと思う。内容的にも、ちょっとひるむぐらいに難しい(日英の法律について)のだが、知識面でもよく準備してあるようで、きちんと訳出している。

我が校の代表、O君のところに行くと、ガチガチに緊張してたので、肩を叩いて「気楽に気楽に」と声をかけた。肩を叩かれて「うわっ!」とびっくりしているあたり、緊張もここに極まれりという感じだった。やはり「指揮官」としてはリラックスしているところを見せてやりたいのだがなあ。こちらも一杯一杯。

3年生や4年生ばかりのところに1年生がいるのだし、実力差は明白なので緊張するのも無理はない。とにかく、最低限のメッセージを拾って伝えることと、言いかけたことは最後まで言い切ることに専念するように話した。「まあ、お互い後は開き直って、思い切ってやってみようよ!せっかくの晴れ舞台なんだから、伸び伸びエンジョイしなくちゃ!」と言って席に戻る。「伸び伸びエンジョイ」どころではない自分の姿が自分でもイタい。

O君の担当トピックは終身刑についてだったのだが、他のトピックに比べて、ちょっと難易度が高かったように思う。その点は気の毒だった。また、話がパンナム機爆破事件に関するものだったので、「ああ、これは知らないだろうなあ。知っていればかなり知識で対応できる話なんだけれど」と歯軋りしながら見ていた。一生懸命やってきているのは知っているので、力を出し切れないのはかわいそうでならない。それも含めて実力だというのは、それはそのとおりなのだが。

結果的にかなり誤訳なども目に付いたが、それでも最後まで食らい付き、言いかけたことは意地でも最後まで言い切った姿は天晴れだったと思う。終わった後で大いにその姿勢をほめた。

さて、問題の同時通訳デモンストレーションだが、始まってみればあっという間だった。名前を間違えて紹介されたり、英日のスピーカーが話し終わったところでMCの学生さんが終わりの案内を入れてしまったりというハプニングがあったのだが、おかげでかえって緊張がほぐれて助かった。思いのほか早く終了のアナウンスをされてしまったので、

「えーと、私としてはこれで終わりでもいいんですけれども。むしろ、終わりにしたいなという感じで」

と言ったら、会場大爆笑だった。授業でもそうなのだが、笑いが取れると「とりあえず何とかなるかな」と思える。普通にデモンストレーションをやっていたらなかったであろう展開だったので、本当に助かった。

もちろんそれで終わるわけもなく、日英の同時通訳も続いたのだが、スピーカーの弁護士の先生の原稿を読み上げるスピードが恐ろしく速い!!コンテスト中よりも遥かに速くて、ついていくのに四苦八苦する。途中1文ぐらいま

ごと落ちてしまったが、何とか終えられた。その後同時通訳についてちょっとコメント。まあ、大惨事を免れたのだから、多少の失敗は良しとしよう。

O君は残念ながら入賞はかなわなかったが、実にいい表情をしていた。「もっと頑張りたいです。来年も出たいです」と力強く語ってくれたが、ぜひそうなるといいと思う。その後参加者全員で写真を撮ったり、審査委員長の原不二子先生に学生たちを挨拶させたりした後、懇親会へ。

いろいろな大学の学生さんとお話をした。みんな頑張っているなあ。そうそう、例の弁護士の先生ともお話をしたが、「いや〜、先生だから早く読んじゃおうと思ったんですが、みんな訳されちゃいましたねえ。お見事でした!はっはっは」とニコニコされていたので「いえいえ、お耳汚しを」とこちらも笑顔で答えたが、内心は

「な、何ですとー!わざとそんなことやってらっしゃったんですか!!」

と絶叫していた。笑顔も引きつり気味だったかもしれない。そりゃないですよ、先生……。一方O君は、僕のアドバイスどおり、他大学の代表の学生さんとメールアドレスなどを交換していた。よしよし。そうやって意識の高い人たちとドンドン付き合って、触発されると良いよ。大きく育ちたまえ。

19時に会場を辞して、みんなで名古屋駅へ。「矢場とん」という有名(なのだそうだ)料理店で、名物の味噌カツを食べる。みんな名古屋は初めてだと言うので、ついでに土手煮も頼んであげた。デモンストレーションをやった謝金が思いがけず入ったので、みんなにご馳走する。冷や汗をかいた甲斐があったというものだ。

その後新幹線に乗り、帰宅。泥のように眠る。

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記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

END