BLOG&NEWS

涙の重み

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

データを取って比較対照したわけではない以上、単なる「印象」なのだが、どうも最近の学生さんはよく泣くような気がする。しかも男女ともにその傾向があるようだ(もっとも、涙のツボがずれているようで、さるるんさんのブログで紹介された口蹄疫の文章を印刷して、ちょうど「食」に関するテーマを扱っていた通訳法の授業で読ませたときには誰も泣かなかったけれども)。

初めてそんなことを感じたのは、もう4年ほども前のことになるだろうか。専門学校で1年の授業の最後に「モリー先生との火曜日」を見せたところ、クラスの3分の1ほどがボロボロと泣いていた。確かに涙腺のスイッチが入りやすい作品ではあったのだが、そんなに泣くもんなのかなあ、と首をかしげた。

普段はちょっとはねっかえり気味の男子生徒が「先生、オレ、しっかり勉強するッスぅ!」と言って、泣きながら抱きついて来るのを「よしよし」と受け止めながら、「んー、そんなにあっさり改心しちゃうもんなの?」という違和感を禁じえなかった。実際問題、その数日後に廊下ですれ違った時は、「いやー、先生の授業キツかったから、終わってホント良かったッスよ〜」なんて言っていたし。

ネットやら電車の吊り広告やらで仕入れた判断材料しかないのだが、どうもやたらと「号泣」や「感動」や「涙が止まらない」や、そんな言葉が目に付くような気がする。知らず知らずのうちに、無理矢理涙腺スイッチを押されとりゃせんかなあ。

その後も学生たちが相談に来るようなことが多かったのだが、とにかくよく泣く。男女問わずに泣く。

相談内容も、何となく幼児化……と言ってはあまりに可哀想かもしれないが、「授業中に指名されると、緊張しちゃって何も出来ないんです」的な、それは大学に入る前に決着を付けてくれると助かるんだけれど、というものが多くなってきた。

しかも自己正当化が激しかったりする。明らかに筋違いなことで他人を責める学生がいたので、「それは自分が悪かったんだからさ、そこで自己正当化しない方がいいよ」というと、「私、『自己正当化』なんて、してません。何でかって言うと……」と正当化しつつ、涙が頬を伝う。うーむ。

そのぐらいなら良いのだが、最近流行の「逆切れ」というやつも先日体験した。

昼休みに弁当を使っていると、見知らぬ女子学生が研究室の扉を開けて、無言のまま机のそばまで来る。室内に居合わせたO君とあっけにとられていると、T&Iに興味があるので質問しに来たのだという。

いや、ノーアポで来られるのもなあ……と思いつつ、せっかく来てくれたのだからと話を聞くと、広報でもらってきたらしいパンフの、T&I課程のページを見ながら修了要件について書いてあることをそのまま尋ねてくる。

仕方がないので「そこに書いてあるとおりですよ」といちいち答えていたら、しまいにブスッと黙り込んだ。こちらを見もしない。こっちも昼食の途中だし、次の授業もあるし、なんだか埒が明かないので「どうかな、書いてある以外の事で、何か質問ある?」と尋ねると、涙を流しながら訴える。

「ちょっと確認しただけじゃないですか……。ずいぶん冷たい言い方するんですね。何様のつもりですか?私たちが払った授業料で生活してるんでしょ!?いわば私は客ですよ!」

だーっ。ちょっと待て。私たちが払った授業料って、君の授業料は自分で払ってるの?

「払ってますよ!……半分だけど……バイトで」

あーもー、逆切れするんなら、最後まで突っ張り切ってくださいよまったく……と思ったけれど、そうも言えないので、一通り説教をくれた後、「T&Iに興味があるなら、2年生になるときに募集があるから、ぜひ応募してください。今日のことがあったからと言って、選考に影響するようなことはありませんから。これが僕のメールアドレスです。何か質問があったら、メールして下さい」と言って帰した。

ずっと事態を見守っていたO君が、「いやあ、噂には聞いてましたけど、いるんですねえ、ああいう人。泣きながらあんなこと訴えられても……」と目を丸くしていたのが印象的だった。もちろんその後、メールは来なかった。何でも、O君と廊下ですれ違うたびに、その女子学生はO君を睨みつけてくるらしい。多分そういうところを改めないと、この先も自分自身にとって辛いことがたくさん待っているように思うけどなあ。

今日も今日とて、このところ遅刻がちな学生と面談をしたのだが、始める前からなにやら予感があったので、研究室のドアを開け、テーブルの上にはティッシュ、椅子の脇にはゴミ箱を配置しておく。何しろ担当するのは女子学生が多いので、泣かれた場合、いろいろ気を使うのだ。まあ、そこで妙なセクハラ騒ぎを起こすようなたちの悪い人には、幸いまだあたっていないが。

で、当人があらわれ、「ドア、閉めても良いですか?」というので、ドアストッパーでちょっと開けた状態に調整しつつ、「まあ、座りなよ」と椅子を勧める。僕も腰を下ろして「で、どうしたの、ここんところ」と切り出した瞬間に、彼女がポロリと涙をこぼした。

……最短記録更新。

小一時間話を聞いたが、何というかなあ、まあ、辛いのだとは思うのだが、どちらかというと大学の先生よりも、ご両親や友人などに相談した方がいいかもしれないと思うような内容だった。

それでも「これからは、こうしていく」という方針が決まったので何より。とにかくバイトに振り回されているようなので、それを何とかすることから始めようね、ということになった。

T&IのO君とN君が、最近T&Iのポッドキャストを始めて、今日は録音らしい。それを見に行くと彼女が言うので、「行っておいで行っておいで」と送り出す。

そのまま仕事をしていると、O君とN君、さらに先ほど面談をしたばかりの1年生の女子学生と、さらに1年生のT君がやってきた。今日は先日の通訳コンテストの「ご苦労さん会」をやろうとO君N君と約していたのだが、結局1年生の2人も交えて4人で行くことにした。

1年生2人はソフトドリンク、残りはビールで乾杯して何だかんだワイワイと話し込む。するとT君が「僕、もうちょっと出来ると思っていたんですけど……」などと言いつつ涙をこぼし始めた。

だーっ!君もかいっ!

「もうねえ、いぬ先生んところに行く学生は、みーんな泣くんですよねえ。今日もSさんが泣いたって、さっき聞きましたよお」などと酔っ払ったO君が言い出したので、「やかましいっ!君はもっと飲んでろっ!」とビールを注いで黙らせた

一通り飲んで食べて帰ろうかと思ったのだが、どうもみんな話し足りないらしく、一緒にカラオケに行きたいと言い出す。まあ、たまには良いかと行くことにした。宴たけなわのころ、ふと気がつくと、終電を逃している!明日は子供たちを東急ハンズに連れて行く約束をしてたけど、まあ始発で帰ってひと眠りすれば何とかなるか。

などと思っていたら、とっくに寝ているはずの妻から携帯にメール。詳しくは良く分からないが、息子がまた大荒れして大変だったらしい。すぐに席を外して電話する。ついでに終電を逃した旨を伝えると

「ええっ。そんなはずない。今からYahooで検索するからっ!」

とのこと。やはり僕の勘違いだったらしく、あと4分以内に電車に乗れば大丈夫なことが判明した。幸いカラオケルームは駅のすぐそばにある。ダッシュで部屋に戻って、何がしかのお金を残して、帰宅すると告げた。

「え〜、帰っちゃうの〜?」
「やだやだーっ!」
「もっと一緒に遊ぶー!」

「小学生か、君らはっ!」

というようなやり取りがあった後、駅に向かってダッシュ。途中上手く乗り継いで、思ったほど眠くなかったので車中How Starbucks Saved My Lifeという本を読んでいた。なかなか面白い。

などと油断していたら、案の定乗り過ごし(まあ、どのみち乗換駅で乗り継ぎは出来なかったが)、1時間ほど歩いて帰宅した。

それにしても、みんなよく泣くなあ。まあ、泣けるうちは泣いといた方が良いのかもしれないけれど、あんまり軽々しく泣かない方が良いんじゃないかとも思うし。

どんなもんなんだろうなあ、と酔った頭で考えながら歩いていると、路面の段差にけつまずいてバランスを崩し、よろけた拍子に向こう脛をガードレールにしたたかにぶつけた。

ぐおおおっ、い、痛い!けど、泣くもんかあっ!と深夜のバイパス脇で涙をこらえる酔っ払いの図は、ご先祖様が見たらさぞかしサメザメと涙を流す代物であったことだろうなあ。とほほ。

Written by

記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

END