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「ニーズ創出」の観点から見た「通訳」の授業

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

ある大学の「通訳」の授業で、教育実習などで長期欠席する日本人学生が相次ぎ、ついに残った10人ほどの学生のほとんどが留学生という事態になってしまいました。しかも英語圏からの留学生は2人だけで、あとは香港や韓国など、日本語も英語もネイティブではない人ばかり。今までは「通訳教育を通した英語教育」というスタンスで指導を行なっていたので、これには考え込んでしまいました。

英語の発音指導やシャドウイングに力を入れると、英語ネイティブの学生たちが退屈そうだし、そうは言っても本格的な英日の通訳にはまだ日本語力が今ひとつ足りないという学力で、普通に通訳の演習をやればいいというわけでもありません。そこで日本語での訳出における様々なバリエーションを教えたり、ハイコンテクスト文化の言語である日本語をローコンテクスト文化の英語に訳出する際に補うべき情報などを指摘したりしていたところ、意外に好評でした。学生たちにすると、文法や読解の授業よりも、より実践的で「役に立つ」という気がするのだとか。

ただまあ、それも日本の英語教育において「コミュニケーション重視」の授業がもてはやされるのと同じような理由なのだろうな、と思います。

外国語の(すなわち、その言語を使えなくても社会生活において何も困らない言葉の)教育においては、いかにその言語を使う必要性、すなわち「ニーズ」を作り出すことが肝心です。一番手っ取り早い「ニーズ」は、「宿題」や「テスト」ですよね。その方面では「入試」やら「資格試験」などが一般的です。ALTの存在もやはり英語を学習する「ニーズ」を作り出すためのものでしょう。

数ある「ニーズ創出方法」の中で、今注目を浴びているのが「通訳をさせる」というものだと思います。非常勤講師として教えている3つの大学全てで「通訳」の名を冠した授業をしていますが、一定の効果は確実にある方法だとは思うのです。

しかし、あくまで「ニーズの創出」であって、英語を学ぶインセンティブにはなっても、「通訳」の作業としてみた場合、あまりに皮相なレベルにとどまってしまいがちなのも認めなくてはいけないでしょう。あの授業をもって「通訳とはこういうものだ」と思われても困りますし、授業中も本来の通訳行為はどうあるべきかをしつこく言い続けているのですけれども、実際には英文解釈の答えを口頭で言うというレベルを脱することは至難の業です。

個人的には「通訳」という行為を単に「ニーズ創出法」としてとらえている以上、いずれそのアプローチに対する批判が出てきて、また文法訳読型の英語教育の方に振り子が振れるようになるのではないかと思っています。それはそれで長い目で見れば健全な動きかもしれません。

まあ、日本の英語教育というのは「ダイエット」みたいなもので、本当に流行り廃りが激しいですからね。ダイエットがなぜあれほど流行り廃りが激しいかを考えてみると、日本の英語教育の問題点も見えてくるのではないでしょうか。

ただ、ダイエット法とは違って、アウフヘーベンを重ねて最終的にはより効果的な教育方法、学習方法を提示するところまで行かないといけないなと思うのです。それは現場での教育に携わる者と研究者とが協力して取り組まなければなりません。

松本道紘(道弘)氏は、「英語武道論」を唱えていますが、確かに英語教育と武道教育には共通することが多いです。文法訳読法が「基本稽古」「型稽古」だとしたら、「通訳」を導入した英語教育は「組み手」「乱取り」と言った試合形式の稽古に当たるでしょう。

ただ、「上達論」的な見地から見ると問題があるのも、英語教育と武道教育に共通しているのではないでしょうか。

嘉納治五郎は18歳で柔術の道場に入門し、23歳で「講道館」を興しました。その他の名人・達人と言われる人を調べてみても、5〜6年で「極意」をつかんでいる人が多いようです。あるサイトに書いてあったのですが、「人生50年」と言われていた時代に「20年から30年修行しなければ習得できない」という技術は意味がないわけです。

私自身の英語力を見てみても、人生80年時代を迎えたとは言え、中学入学から25年やってきてこのレベルと言うのは、何かが間違っているなと思います。

日本的な「道」の概念自体は素晴らしいとは思うのです。英語にしても武道にしても、進めば進むほど奥が深いのは確かな事実です。しかし、あまりにも入り口付近でいつまでもノロノロウロウロしつつ「奥が深いなあ」とため息をついているという状況は、何とかして改善していかなくてはならないでしょう。

武道教育の方は専門家に任せるとして、私も何とか「結果」を出さねばと思っています。・・・うーむ。やれることから取り組むしかないですね。

それはそれとして、このお腹まわりの贅肉、何とかしなくては。空手の夏合宿に出ることも決めたと言うのに、このままでは人間サンドバッグになってしまいます。・・・うーむ。こっちも、やれることから取り組むしかないですが、稽古の後のビールは格別に上手いんですよねえ。う〜む。

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記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

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