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言葉の威力

まめの木

通訳・翻訳者リレーブログ

この仕事をしていて、毎日のように痛感するのが、言葉の使い方、特に日本語の運用能力の重要さだ。無自覚に使っている言葉ほど恐ろしいものはない。若者言葉は実にけしからん!言葉に対する感覚が鈍い人は許せん!などと普段息巻いていても、ついつい無意識の癖が出てしまうことがある。以前、仕事中に「見していただけますか?」と言ってしまったときには、一瞬、思考が停止し、「あ〜、これで私の通訳生命も終わりだ」と、三日間位落ち込んだ。
言葉の威力で思い出したのが、先日家に来たマンションのセールスマンの言葉だ。夕食の準備で私は手が離せなかったので、家の者が対応に出た。見るともなしに見ていると、丁重にお断りしている。今すぐにマンションを購入する予定はないので、いつも断ってしまうのだが、どうしたの?と聞くと、
「マンションの購入予定とかってなかったでしょうか?」
と言われて、説明を聞く気が失せたというのだ。最初に「新入社員の○○です」と言っていたので仕方ないのかもしれないし、外回りの営業はとても大変な仕事だが、第一声で「とか」や「なかったでしょうか」などを使っているようでは、とてもお客さんの心をつかめまい…、と一人でうなずいていた。若者だから若者言葉なるものを使うのだし、若者が使う言葉だから若者言葉といえばそれまでだが、これはあくまでも仕事である。もし、彼が間違っていることを知らずに使っているのであれば、周りの人間には教育する義務がある。教育してくれる人がいないとすると、彼にとっては不幸な話だ。極端な話、「なかったでしょうか」とさえ言わなければ、もしかしたら何千万という契約が成立した可能性だってあると考えると、言葉の及ぼす影響についてあらためて考えさせられる。
以前、通訳者の勉強会の後、食事に行ったとき、
「ざる豆腐になりまぁ〜す」
と料理を持ってきたウェイトレスのお姉さんに、
「え??『ざる豆腐になる』って、どういう意味?つまり、これはまだ大豆ってこと??」
と、突っ込みを入れていた通訳者がいた。まあ、これは笑い話だが、意識しなければ周りに影響され、だらしなくなりがちな母国語、自戒の念も込め、意識しすぎてもしすぎることはないと、あらためて思うである。

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記事を書いた人

まめの木

ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。

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