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馬子にも衣装

まめの木

通訳・翻訳者リレーブログ

去年の暮れから、十数年中断していたバレエを再開した。途中、通えなかった時期もあったが、「細く・長く」をモットーに、週に1・2度、レッスンに通っている。最近はちょっとしたバレエ・ブームであるらしく、そこここで大人のためのバレエ教室を見かける。
実は帰国直後に一度、東京は青山にあるおしゃれなバレエ教室に見学に行ったことがある。帰国直後でドイツ人的質実剛健の遺伝子が大分濃かったこともあるが、ドイツのバレエ教室しか知らなかった私はかなりカルチャーショックを受けた。
みな、美しいユニフォームを身にまとい、初心者のクラスであるにもかかわらず、ポアント(トウシューズ)を履いているのである。私はといえば、色あせたコットンのレオタードに「ショッキング紫」のサウナパンツ(ちなみにこの色、ドイツでは人気だったんだけどな…)、ダマの出ているレッグウォーマーに擦り切れたバレエシューズといういでたちだ。
バレエでは体のラインをとても意識するのでレオタードは必須だし、足を痛めないためのやわらかいバレエシューズも履くが、ドイツではシフォンの巻きスカートやカラフルなレッグウォーマー、プロのダンサーがトレーニングの時に来ているようなニットなど着ている人はいなかった。みんな外では着られなくなったようなボロボロのTシャツや自分で切って短くしたスウェットを利用したりしていた。
それに、ドイツの「お教室」では初心者のクラスにポアントを履いている人はいなかった。なにしろ先生が厳しく、腹筋・背筋が付いていないうちから、しかも足がちゃんと伸びていないのにトウシューズを履くなど、もってのほか!というわけだ。先生の方針やクラスの目的もあると思うが、ドイツでトウシューズを履けるのは中級のクラスに数年通ってからだったし、中級といえば、ある程度の振り付けをつけて、いわゆる「踊れる」レベルなのである。バーレッスンではぁはぁ言って、フロアで回転してふらついているうちは、まだまだ初心者だ。
私の当時の先生はロシア人の毒舌家だった。体がほどよく温まってきたら、こちらとしてはスタイルや曲がった足を隠すことを半ば目的に着ているサウナスーツやレッグウォーマーなどは容赦なくひっぺがされた。体の線がきちんと見えないと正確な姿勢やポーズが覚えられない、という理由だ。
一度、フロアレッスンで両手を上げて回転する練習をしていたとき、「ちょっと!それじゃまるで、チンパンジーの綱渡りじゃないの!」と怒号が飛んだことがある。私は個人的にロシア的ブラックユーモアが大好きなので、それで落ち込むことはなかったし、その先生にバーレッスンをみっちり仕込んでもらったお陰で、実際やっていた年数よりも経験があるように見られるから、とても感謝している。

去年から通っているクラスは、自宅から徒歩5分のところにある。地元の主婦が自主運営でやっているサークルのような、和やかな雰囲気クラスである。偶然にも先生がドイツでコンテンポラリーを踊っていたことのある方で、ドイツで教わっていた先生を彷彿とさせるようなユーモアの持ち主なのが嬉しい。

しかし!!

やはり、ここのクラスでもみなさん、おしゃれなのである。ふらふらしながらポアントを履いている人はさすがにいないが、みんな、花柄やレースの付いたレオタードや、シフォンのスカートを身に着けている。
通い始めた頃は、バレエ・ウェアは生活必需品ではない、これがなくても通訳の仕事に行けるし家で翻訳もできる、誰にも見られないような趣味ごときにお金を使うのは贅沢である、動きやすいレオタード一枚あればよいではないか、ダマが出ていてもレッグウォーマーの機能は変わらない、そもそもバレエには健康のために通うのであってファッションのためではない、とかたくなな信条を貫いていた私だが、クラスの皆さんが優雅にレッスンを楽しんでいるのを見て、ある時ふと思った。

そうだよな…なにも今からプロのダンサーになるわけじゃなし、たまに通うバレエのレッスンをより潤いあるものにするために、きれいなものを身にまとうこともよいのかも…
ということで、最近はやりの「自分へのご褒美」ではないが、一年続けられたらきれいなウェアを買う、と自分に約束した。
そして一年が過ぎ…
買いましたよ〜某大手ダンスウェア専門店で。

ふわふわした素材のウォームアップ用の短いつなぎのパンツ。
胸がスクエアカットになっているレオタード。
ボルドー系ボーダー柄の毛糸のパンツ。
深い紫色のレッグウォーマー。

家で一人ファッションショーをしてみて、形から入るというのも大事、ということに気づいた。
モチベーションが違うのである。家でストレッチをやるときでも、せめて毛糸のパンツでもはけば、たちまちダンサー気分だ。さすがに一日中、ウェアを身に着けてニヤニヤはしていないが、物腰も変わってくるような気がする。電気のスイッチを入れる動作ひとつにしても、ふわりと腕を伸ばしてみる。辞書や資料を詰め込んだ鞄を「よっこらしょ」と持ち上げたり、椅子から「どっこいしょ」と腰を上げるのもやめる。馬子にも衣装、効果絶大である。

ドイツ語でも「Kleider machen Leute.(服装は人を作る)」という同意のことわざがある。そういえば通訳学校でも、先生が「メモ・パッドですが、いつ首脳会談の通訳を頼まれても困らないように、皆さん、レザーのきれいなものを普段から使うというのも、通訳者の心得ですよ。」と言っていた。
ものすごく極端な心構えだが、一理あるのかもしれない。

(写真はご自慢の毛糸のパンツ、シューズはベルリンの壁崩壊後、ボリショイバレエのグッズが何故か格安で売られていたときに買ったもの。裏に「USSR」の文字の入っているレア物です♪)

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記事を書いた人

まめの木

ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。

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