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ものすごい多目的ホール

まめの木

通訳・翻訳者リレーブログ

人口1800人の町、北海道朝日町。
この町に300人収容できる多目的ホールがある。
ここでは毎年、演劇のワークショップが行われており、この夏、その通訳に行ってきた。
このホール、地方の寂れたホールかと思いきや、とんでもなく贅沢なホールなのである。
エントランスホールに続く“いこいの広場”には、朝日町の自然、動植物がディスプレイされており、実際に山から切り出した樹齢300年のエゾ松や、エゾシカの剥製、なんと脱皮中の蛇まであって、さまざまな鳥の名前が書いてあるプレートのボタンを押せば、鳥のさえずり声が聞こえてくるという凝りようだ。素晴らしい舞台・音響・照明装置を備えた小ホールの他に、340�の多目的スペース、複数の研修室、和室、視聴覚室、調理実習室を備え、開架5万冊の図書室もある。特に、図書館の蔵書はスタッフの方が自らの好みで選ぶそうで、絵本から専門書まで、ずらりとそろっている。

ワークショップは基本的に多目的スペースを使わせてもらった。ホールの方々は本当にここで行われる文化行事に愛情を持っており、差し入れには採りたて・湯でたてのトウモロコシを持ってきてくださるし、お掃除の女性も私を参加者の役者さんと勘違いされて、「お姉さんはどの公演に出たことあるの?私、全部見てるんだよ。」と話しかけてくる(もちろん「通訳です」と言って誤解はきちんと解いておきました)。期間中、お葬式が入った日には、隣の小ホールに引越してワークショップを続行、途中、乳がんの巡回検診の日もあって、エントランスホールにご年配の女性が溢れる中、役者さんたちがタバコ休憩を取る、という風景も面白かった。まさに、“町民の町民による町民のためのホール”なのである。

話を聞いてさらに驚いたことに、このホール、公演があれば必ず満席になるという。
過去の公演記録を見てみると、これまたすごいラインナップだ。
クラシックはアルバンベルク弦楽四重奏団やバイオリンの古澤巌、ロシア・サンクトペテルブルグ・バレエ、もちろんさだまさしや研ナオコのコンサートもあるが、驚くのは年に5、6本の演劇を上演していることだ。中には富良野塾、串田和美、宮本亜門といった演劇界のビッグネームも名を連ねているが、不勉強の私では名前を知らない劇団もある。

1800人の町にある300人のホールが公演の都度、満席になるということは、東京都に例えるならば都内に東京ドームが約40個あって、毎回チケットが売り切れる計算になる。しかも、出演者はローリング・ストーンズやスマップではないのである。興行収益の上がらないとされている演劇で、毎回いっぱいになるというのだから驚く。

ここの観客も素晴らしいと聞く。この町にはあまり娯楽がないため、集客力があるのかもしれないが、お客さんは有名かそうでないかで判断するのではなく、純粋に演目を楽しむために来ているそうだ。だから、ポップスでもお堅い演劇でもなんでも見る。これは、先程のお掃除の方の話でも十分納得がいく。ここで演じたことのある役者さんも、お客さんから素直な反応が期待できるので勉強になる反面、このホールでの公演はある意味、非常に怖いと言っていた。

ドイツでは、色々な社会層の人々が日常的に文化に親しんでいる。どんな小さな町でもクラシック専門のコンサートホール、オペラハウス、演劇専門のホールなどが三つ四つある。まぁ、これには国の文化政策の違いが反映されているので、日本でも同じもの作って!という贅沢は望めないとしても、市庁舎や古城を開放した芸術大学の学生や若手芸術家によるコンサートや展覧会もあるし、クラシックのコンサートやオペラなどでも、出演者の名前で足を運ぶのではなく、『教会でオルガン・コンサートがあるから夕食後ちょっと行ってみようか?』とか、『なんか、今度のフィガロは若い演出家がやるそうだから、面白そうだね!』というノリで気軽に楽しむのだ。帰国してから、日本の文化レベルはなんと低いのか!と常々嘆いていたが、あさひサンライズホールを見て、いやどうしてどうして、文化を楽しむ精神は日本でもいまだ健在であることがわかり、私にはとても足を運べる距離ではないのに、なんだかとても嬉しかった。

朝日町は現在、市町村合併によって去年の9月1日から士別市朝日町になった。ウィキペディアの説明によると、
“上川郡にあった町。人口は2千人足らずで、北海道の「町」の中では最も少ない人口であった。”
上川郡にあった町、という過去形の響きが少々物悲しさをそそる。市町村合併の波はホールの名前までに及び、“朝日町サンライズホール”から“あさひサンライズホール”になった。創設当時のメンバーの心中はいかばかりか…

日本では文化予算が年々削減されているし、地方では文化ホールを建設しようとすると、税金の無駄遣いだ!と地域住民から反対の声が上がることもあるという。観客も観客で、自分で作品の価値を評価するのではなく、メディアに踊らされ、とりあえずテレビに出ている有名人だから行ってみるか、という態度である。
バブル期に建てられた、中身の伴わない形だけ立派なホールもいっぱいある。
そんな中、関係者の熱い想いや地域住民の高い意識に支えられている朝日町の多目的ホール、ここで営まれている元気な日常が、妙に私の胸を打ったのであった。
(写真は朝日町の風景です)

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記事を書いた人

まめの木

ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。

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