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海景

通訳・翻訳者リレーブログ

東京生まれで現在ニューヨークを拠点に活動されている写真家、杉本博司氏の作品に“海景”(Seascape)というシリーズがあります。杉本氏が何年もかけて、日本海、カリブ海、死海、バルト海等の世界中の海を撮影したモノクロームの写真です。でもこれらの写真はそれぞれの場所の地理的な光景を写したものではありません。構想は全て同じ、水平線で二分された海と空という最小限の要素からなり、空には雲さえありませんし、人、船、などの要素は勿論一切写っていません。コンセプトは“人間が見ることのできる共通、普遍の風景”であることから、世界中でこの同じ風景を撮らなければ説得力がないということで、かなりの苦労があったそうです。風があって白波がたっても、雲があっても定期船が通っていてもだめ。撮影場所は全て人里離れたホテルも民家もないような海岸から切り立った100メートル以上の断崖の上ということで、そのような場所で天気待ちで何時間も何日も条件がそろうまで、待機されたとのことです。
最初は、展示作品を見ながら、カリブ海、エーゲ海などの場所の注を読んでいましたが、何点か見ていくうちに、これはある特定の海の写真を撮影したものではないことに気づきました。つまり海の概念の写真なのです。
“原始人の見ていた風景を現代人も同じように見ることは可能か”という杉本氏の自問自答から始まったということですが、時間も場所も全て忘れさせてくれるものすごい力を持っていると思いました。
実はこの展覧会は仕事のため、勉強をかねて見学したのですが、この“海景シリーズ”だけは何日たってもどうしても頭から離れません。今でも目を閉じると海面が動いているのです。白波は勿論たっていないし、全体がほとんど動きのないようなものに感じられたのに、私の頭の中の“海景”は生きています。
1975年から2005年に制作された杉本氏の代表的なシリーズが、今回“杉本博司・時間の終わり”として森美術館に展示されています。来年の1月9日までの展覧会ですので、この機会を是非見逃さないようにして下さい。

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記事を書いた人

大学在学中に通訳デビュー。外資系企業勤務を経て、フリーランス通訳者に。会議はもちろん、音楽、舞台、映画などの分野でもひっぱりだこ。クライアントからの指名率も高い。

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