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親族って難しい

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

『ハリー・ポッター』シリーズの翻訳者、松岡佑子さんの税金のことでメディアが騒いだ後、何人かの人から「翻訳家って、儲かるんですねー」と冷やかされた翻訳者さんも多いのではないだろうか。ああとんでもない! 別世界の話である。
我が家では小2の息子が今ちょうどハリー・ポッターに夢中で、夏休みに遊びに行った時にじじ・ばばにせがんで「アズカバンの囚人」「炎のゴブレット」「不死鳥の騎士団」「謎のプリンス」とドッサリ買って貰った。すでに持っていた「賢者の石」「秘密の部屋」と合わせて、日本語訳のすべてのハリー・ポッターを揃えたわけだが、その中に、「ふくろう通信」というA4の印刷物が入っていて、その「No.4 (下)」に、「翻訳者はつらいよ」というタイトルの松岡さんのエッセーがある。
なんでも、「賢者の石」でハリーのお母さんのリリーを、ダドリー家のペチュニア叔母さんの「妹」と訳していたところ、後で原作者のローリング氏に「姉だ」と教えてもらったため、「アズカバン」から「姉」に変えたら、読者からお叱りの手紙が来たとか。
う〜ん、確かにこれは、辛い。
不特定多数の読者の目にさらされる出版翻訳には、こういう怖さがある。
翻訳をしていると、書いた人に意図や意味を聞かないとどうしても分からない場面がたまにあるが、実務翻訳の場面では問い合わせている時間など余りいただけないし、そもそも書いた人が誰なのか必ず分かっているわけでもない。とりあえず「聞かないと分かりません」といった趣旨の訳者注をつけて、分かる範囲の事を書いておく。でも、出版翻訳ではそんなお茶の濁し方では通らないのだ。
確かに英語っていちいちolder sister、younger sister などと書き分けないことが多い。単に sister・brother じゃ、どっちが年上なのか分からない。
その点、日本語ではきっちりと兄・弟・姉・妹と、区別がある。
「いとこ」ですら、区別する。従兄・従弟・従姉・従妹・従兄弟・従兄妹・従姉妹・従姉弟。めんどくさいのである。
英語の cousin なんて、イトコ (first cousin) にもマタイトコ (second cousin) にも、祖父母のイトコの孫 (third cousin) にも、全部使ってしまうし、なんだかよく分からない遠い親戚でも cousin で構わないから、簡単といえば簡単だけど、日本語に訳す時には要注意だ。
ついでに日本語ではおじ・おばも漢字で区別してしまうから、やはり「翻訳者はつらいよ」に書かれていたように、バーノン・ダドリーとマージおばさんが兄・妹の関係だと分からなくて「マージ伯母さん」って書いたら、間違いになってしまう。サイアク、平仮名で書くという手段はあるけれど。
それにしてもどうしてこう、日本語の方が年齢の上下に細かいのだろう。
きっと日本は英語圏よりもタテ社会なのだ。年齢による上下関係や、序列がきちんとしていないと落ち着かない文化なのだろう。親族関連の表現で年齢の上下を表さないのは、父・母、祖父・祖母、甥・姪で、これは年齢の上下の区別が不要だからだ。自分より甥・姪が年上なんて事は、可能性ゼロではないけれど滅多にない。仮に上だとしても、親族内の序列としては自分の方が上だし。常に、その集団内での序列が問題なのだ。
日本のタテ社会傾向は、日本語には丁寧語や謙譲語など複雑で厳密な敬語システムがあるけれど、英語の敬語は比較的単純だし、目上の人にも目下の人にも、”You” という呼びかけで済んでしまったりするようなところにも、表われているのだろう。日本語で親に対して「あなたねー、」などと言おうものなら、いくら最近は「友だち家族」なんていわれていても、流石に失礼だし違和感もある。
言葉ってやっぱり、ふとした、あまり気付かない部分でもしっかりと、その言葉を話す社会の文化や価値観を表しているのだ。

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記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

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