第252回 うれしいことがあったときに思い出す詩
いい思い出と嫌な思い出。
なぜか嫌な思い出ばかりが、自分は記憶に残ってしまっているんです。
うれしいことが人生にたくさんあったはずなのに、何とかならないかなと思っていたら、いい思い出を記憶に残す方法が書いてある詩があることを思い出しました!
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The Coin
Sara Teasdale
Into my heart’s treasury
I slipped a coin
That time cannot take
Nor a thief purloin,–
Oh, better than the minting
Of a gold-crowned king
Is the safe-kept memory
Of a lovely thing.
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コイン
サラ・ティーズデイル
心の貯金箱に
コインを一枚
時間や
泥棒だって盗めないコイン
金貨を作るよりも
黄金の冠の王様の金貨よりも
記憶という貯金箱がいい
素敵な思い出をしまう心の貯金箱が
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何と言っても、my heart’s treasury「心の貯金箱」という表現が素敵ですよね。
Into my heart’s treasury
I slipped a coin
心の貯金箱に
コインを一枚
人生で出会う出来事の一つ一つがコインで、それを心の貯金箱にしまう。貯金箱のスリットにコインを入れると、チャリンと音がして貯まっていくように、思い出が心の底にしまわれていく。
このイメージが、さすが詩人!としか言えません。
「一瞬一瞬を大事に生きよう」「思い出の一つ一つを心に刻もう」と言うのは簡単ですが、なかなか難しいものです。なぜなら、形がないものをイメージするのが難しいからです。
しかし、刻むべき思い出が形あるコインだったなら、しまうべき心が貯金箱だったなら、というように、形あるモノと考えると、ぐっと具体性が増してきます。
That time cannot take
Nor a thief purloin,–
時間や
泥棒だって盗めないコイン
思い出は時が経てば薄れていってしまうもので、一瞬一瞬は何気なく過ぎてしまうものですが、一つ一つ貯金箱に入れていくつもりでいれば、もっと大事にできるのかもしれない。
Is the safe-kept memory
Of a lovely thing.
記憶という貯金箱がいい
素敵な思い出をしまう心の貯金箱が
嫌な思い出にかき消されることもなく、大切な素敵な思い出は、心の中の一番大事な場所を占め続ける。そうやって意識していれば、嫌な思い出よりもいい思い出の方を記憶に残せそうな気がしてきます。
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今回の訳のポイント
この詩の中で、訳すのが最も難しいのが、冒頭の my heart’s treasury「心の貯金箱」です。
Into my heart’s treasury
I slipped a coin
心の貯金箱に
コインを一枚
この treasury という単語は、treasure「宝物」が treasury「宝物殿・宝物庫」となったものです。
「貯金箱」と「宝物殿」では、あまりにも印象が異なるというのが、大問題です。
「宝物殿」と言うと、宗教的な聖遺物や神宝類がしまわれている壮麗な建造物や、アラジンが魔法のランプに出会った大きな洞窟の中の財宝の山などを思い浮かべてしまいます。そこにコインを投げ入れると言っても、ちょっと想像しにくいんですよねえ。
「貯金箱」と言えば、もっと身近で手元にあるイメージになるのですが、サイズはかなり小さくなってしまいます。でも、人間の心というのは、巨大で煌びやかなものというよりは、もっと素朴でささやかなものだからこそ、大事にしたいと思うのではないかと思います。