INTERPRETATION

第38回 Brexit 特集 その3 Brexiteersが不満に思う理由

グリーン裕美

ビジネス翻訳・通訳で役立つ表現を学ぼう!

皆さん、こんにちは。前々回からBrexit(イギリスのEU離脱)問題を取り上げています。

この度EUの代名詞ともなっているブリュッセルでテロ事件が起きたことは非常に衝撃的であり、テロとの戦いの深刻さを考えさせられます。ロンドンからブリュッセルへはユーロスター(高速列車)で2時間、東京・名古屋間のような感覚で日帰りできる距離にあり、今回の事件も身近に感じ、テロ対策として自分にできることは何かを再考しています。

さて前回は「そもそもEUとは」について解説しましたが、今回は「イギリス人にとってEUの何が不満なのか」を考えてみたいと思います。

EU離脱派(Brexiteers)が掲げる主な理由には、1)EU法・規則、2)分担金・EU予算、3)移民問題、4)人権裁判所、等があります。では、これらの点についてもう少し詳しく見てみましょう。

1)EUの法律・規則が多すぎて、企業の負担になっている

EUは超国家機関(Supranational organisation)であり、EU法は国内法に優先します。バナナ、チョコレート、馬肉など様々な食品に関する規制から労働時間指令(Working Time Directive)など、数多くのEU法に従う必要があり、企業の負担になっています。この文脈ではtoo much bureaucracy/red tape(ややこしい/煩雑な/官僚的手続きが多すぎる)などという表現で批判されます。

2)巨額の分担金を負担しているが、その見返りが少なく、無駄な支出が多い。

EU加盟国は毎年それぞれの国の経済規模に見合った金額をEUに支払い、EUは各国の事情に合わせて給付金を出し所得再分配をしてお互いを助け合っています。そのようなシステムでは驚くことではないと思いますが、ドイツ、フランス、イギリスのような経済大国は受取額よりも拠出額のほうが多く純拠出国(a net contributor)という状況が続いています。2014年度のイギリスのネット額(拠出額と受取額の差)は88億ポンド。これは2009年度の43億ポンドから約2倍に跳ね上がっていることが離脱派の不満理由にもなっています。

また直接的な見返りだけでなく、「EUという巨大な組織が何にお金を使っているか」という点でEUの支出内容も批判の対象となっています。これは欧州議会議員(Member of the European Parliament: EMP)だけでなく、翻訳・通訳者も含めた職員への待遇が問題視されることもあります。

3)移民が多すぎて国の負担となっている

イギリスでは国民医療制度(NHS、イギリスの住民は無料で利用できる)を始め、社会保障制度が充実しており、様々な福祉手当てが給付されています。この制度はイギリス国籍でなくても利用できるので、移民がNHSを利用したり、生活保護を受給したりすることが国の負担になっているという批判や、移民に仕事を取られて失業しているという不満が高まっています。キャメロン政権は移民の数を減らすことを公約に挙げていますが、人の移動の自由が約束されているEU加盟国である限りEUからの移民の数を減らすことは不可能です。それでこれまでのところ矛先はEU以外の移民に向けられ、滞在許可取得に苦労する勤労日本人や勤勉学生もずいぶん増えました(ロンドン・メトロポリタン大学が一時期学生ビザを支給できなくなったこともあります)。離脱派は特に「東ヨーロッパの国々からの移民は生活保護を求めて渡英する」と思う人が多くEU離脱がその解決策であると考えています。去年から深刻化している中東からの難民問題に関連して、出入国管理(border control)を自分たちの権限で行いたいという要望が高まっています。

4)欧州人権裁判所(the European Court of Human Rights: ECHR)の判定には納得できない

イギリスでは法的に認められている人権問題がECHRで違反と判定されることがあります。例えば服役中の受刑者の選挙権に関して、イギリスでは受刑者には選挙権を与えないと規定されていましたが、それがECHRで違反判決が出ました。人権保護の行き過ぎの例だとして離脱派の不満原因ともなっています。

ところが実は、これはかなり教育レベルの高い人でもEUをよく理解していないことを表しています。EUにはEuropean Court of Justice(欧州司法裁判所)が設置されていますが、これはEUの条約や法令を司る機関であり、欧州人権条約(European Convention on Human Rights)違反を審査するECHRとは別の機関です。ECHRはEUではなく欧州評議会(Council of Europe、47か国が加盟するEUとは別の国際機関)が設置している裁判所なので、イギリスがEUを離脱しても欧州人権条約には順守しなければなりません。

「欧州」といっても欧州連合(EU)、欧州経済領域(EEA)、シェンゲン圏(Schengen Area)、ユーロ圏(Euro Zone)、欧州評議会(Council of Europe)など、いくつかの方法でグループ分けされており、非常にややこしいので下図を参考にしてください。

以上、EU離脱派が話題にするEU法、分担金、移民問題、人権裁判所について解説しました。次回は残留派の考えを紹介したいと思います。

欧州の国々の相互関係

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記事を書いた人

グリーン裕美

外大英米語学科卒。日本で英語講師をした後、結婚を機に1997年渡英。
英国では、フリーランス翻訳・通訳、教育に従事。
ロンドン・メトロポリタン大学大学院通訳修士課程非常勤講師。
元バース大学大学院翻訳通訳修士課程非常勤講師。
英国翻訳通訳協会(ITI)正会員(会議通訳・ビジネス通訳・翻訳)。
2018年ITI通訳認定試験で最優秀賞を受賞。
グリンズ・アカデミー運営。二児の母。
国際会議(UN、EU、OECD、TICADなど)、法廷、ビジネス会議、放送通訳(BBC News Japanの動画ニュース)などの通訳以外に、 翻訳では、ビジネスマネジメント論を説いたロングセラー『ゴールは偶然の産物ではない』、『GMの言い分』、『市場原理主義の害毒』などの出版翻訳も手がけている。 また『ロングマン英和辞典』『コウビルト英英和辞典』『Oxford Essential Dictionary』など数々の辞書編纂・翻訳、教材制作の経験もあり。
向上心の高い人々に出会い、共に学び、互いに刺激しあうことに大きな喜びを感じる。 グローバル社会の発展とは何かを考え、それに貢献できるように努めている。
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