INTERPRETATION

Vol.21 高杉美和さん「自分はあくまで裏方で」

ハイキャリア編集部

多言語通訳者・翻訳者インタビュー

今回は、タイ語通翻訳者としてご活躍されている高杉美和さんにお話しを御伺いしました。
今年通訳を初めて10年という節目の年を迎えた高杉さんですが、スタートは山崎パンでアルバイトをしながら通訳会社に片っ端から電話をしたとの事。山崎パンでアルバイトしなければいけなった理由、通訳をしていて一番やりがいを感じる瞬間など、高杉さんのかざらない素敵な素顔を見せてくださいました。

【プロフィール】
高杉 美和さん Miwa Takasugi
東京外語大学外国語学部インドシナ語学科タイ語専攻を卒業後、タイに渡り旭硝子の現地合弁会社:タイ旭硝子に就職する。総務・秘書として5年間勤めた後自主退職し、日本に帰国する。帰国後、フリーランス通翻訳者として活動を始め、現在も第一線にてご活躍中。

Q. タイ語に興味を持たれた切っ掛けは何ですか?
タイ語に興味はありませんでしたし、タイの事も全く知らなかったんです。もともと英語が好きで語学に興味があったので、外語大学に進もうと決意したのですが、英語ができる方は沢山いるので、英語の次はアジアかな・・・と漠然と思ったんです。アジアの言語の中でもニュースや新聞などで一番印象に残っていたのがタイだったので、タイ語を専攻しました。大学のクラスでは、タイからの帰国子女なども多く、私は全く無の状態でのスタートだったので、毎日の授業は地獄で暗闇の中にいる感じでした。やっと分かるようになったのが、1年生の3学期頃からでしたね。正直、大学の時のタイ語の成績は4年間通してあまり良くなったです(笑)。この前たまたま出てきた成績表を見たら、中か・・中の下くらいでした。

Q. タイに初めて行かれたのはいつですか?またその時の感想を教えてください。
大学3年生の春に初めて大学の友達と1ヶ月間旅行に行きました。今思えば相当危険な行動ですが、ヒッチハイクをしたり、バスに乗ったり、知らない人と食事をしたり、あげくには泊めてもらった事も2回くらいありましたね。 人の親切さ・優しさにものすごく感動して、忘れられない経験になりました。帰国後、就職活動をして日本で働くことも考えましたが、何だかピンと来なくて、タイで就職を探して働き始めました。どうせならタイ語を使って実務経験を身につけたいと思ったんです。秘書として働いていたのですが、秘書とは名ばかりの雑用業務がほとんどでしたけど(笑)。ただ、庶務的な事から駐在の方のお世話、日本人社員と現地社員との仲介など色々な仕事をしたので、とてもいい経験になりました。

Q. なぜ帰国して通訳になろうと思ったのですか?
仕事に飽きたんです(笑)タイでの実務経験はもう十分かなと思い、ちょうど一緒に仕事をしていた日本人の上司も帰国する時期だったので、思い切って退職しました。
退職した後、約2ヶ月間、現地でパソコン、テニスなどの習い事をしたり、美味しいものを沢山食べたりと思う存分遊び、現地通貨を使い果たしてから帰国しました。丁度タイもバブルが弾けた後だったので、タイバーツを日本に持ち帰っても仕方がない、お金より経験かなと(笑)。タイでも通訳・翻訳業務をした事は無かったので、特に通訳になりたいと考えてはいませんでした。ただ、日本に帰ってタイでの経験を活かせる仕事は通訳しか無いと思ったんです。

Q. 帰国してすぐ、フリーランスとしてお仕事を始められたのですか?
いいえ、とにかくタイで使い果たしたのでお金が無かったんです。私は実家に帰ったのでまだ良かったのですが、まず山崎パンでアルバイトを始め、派遣されてスーパーで柏餅を売ったりしてました。バイトの合間に片っ端から通訳会社に電話し、登録や面接に行きました。全部で50社くらいになりますでしょうか。

それからも3ヶ月くらいは、あまり仕事の依頼を頂く事は出来ませんでした。

初めての大きな仕事は家の近くの工場で約1カ月位の研修の通訳でした。毎日立ちっぱなしで70度もある熱い窯の傍でドロドロに溶けそうになりながらの仕事でした。想像以上に大変でしたが、通訳のスキルより体力で乗り切った感じでした。タイ語力よりタイ(体)力には自信がつきましたね(笑)。その後も通訳を始めて7年くらいはメーカーの工場研修の仕事などが多かったのですが、その後ほとんどの会社が現地(タイ)の会社に事業を移転してしまい、日本での研修の仕事がほとんどなくなってしまいました。また、ますます日本の財政が苦しくなるにつれ、通訳者を雇えなくなり、社員の方が現地でタイ語を覚えて帰ってきたり、日本語の出来るタイ人を社内通訳者として取り入れるようになりました。日本経済と共に、仕事の内容も大きく変わってきましたね。

Q. 通訳の仕事でやりがいを感じる時はどんな時ですか?
インタビューや会食の通訳で、イタコのようにスピーカーのギャグを通訳してウケを取れた時が一番やりがいを感じます。よし!成功した!って思いますね。私が通訳する事でスピーカーのギャグが通じて笑いが取れると、どんどん場が盛り上がって明るくなるんです。逆に、私は笑いと笑いの間が空くのが嫌いで、テンポ良く笑いを取り、盛り上げようとすると、どうしても同時通訳になってしまうんです。早く訳せば、そのぶん同じ時間でもより多くのお話が聞けますしね。そうやって意識して仕事を重ねるうちに、今では会食などでギャグを放った瞬間に訳して、皆が笑っている間にちょっと食べちゃうくらいに素早く対応出来るようになりました(笑)。

Q. 映画関係のお仕事などを大変幅広くされていますが、出会いは何だったのでしょうか?
文化・芸能関係は私の一番好きな分野なんです。その中でも映画が一番好きで、タイにいた時からタイ映画をかなり沢山見に行っていたんです。しまいには、現地の日本語新聞に芸能コラムを書いたくらい。なので、映画の字幕と映画祭の通訳がすごくやりたかったんです。そしたら運よく帰国したその年に、私のコラムを読んだ小さな映画会社がタイの映画を買うからコーディネイトをしてほしいという依頼を頂いたんです。現地に映画の買い付けから同行し、いきなり字幕を丸々一本任されたんです。とってもラッキーでしたね。その後もやっぱり映画の字幕がやりたくて、タイ語学校で使う映画上映会用の字幕翻訳のボランティアをしていました。映画祭には、自分でそのボランティアで翻訳したビデオを送って、”私、タイ映画が大好きなんです。映画祭の通訳がやりたいんです”とアプローチしたら認めて頂き、映画祭のお仕事を頂けるようになったんです。お陰様でその後、私の映画バカぶりをかって、映画祭の通訳、字幕の翻訳、撮影現場の通訳、など、一言で映画といっても幅広い分野でのお仕事を頂くようになりました。また、その他にも音楽など、文化・芸能関係全般のお仕事も頂けるようになりました。

通訳や翻訳で関わった、映画と音楽の作品。
通訳や翻訳で関わった、映画と音楽の作品。

Q. 通訳者としてお仕事をされてきた中で、特に印象に残っている苦労や失敗談はありますか?
つい最近の事ですが、ある会議でスピーチの通訳をする事になっていて、事前にタイ語でスピーチの内容を頂いていたので、日本語に訳して準備をしていたんです。

ところが、直前になって急にスピーカーのタイのお偉いさんが英語でスピーチしたいと言い出したんです。私は英語通訳者ではないのでかなり焦りました。それでもスピーカー直々にどうしても英語で話したいから訳してくれと言われ、承諾しないわけにはいかない状況になってしまいました。そこで、とりあえずスピーカーの話したい内容をタイ語で5分間位で一気に説明してもらい、どうにかこうにか乗り切りました。もうずっと冷汗かきっぱなしでしたよ。こんなに恐ろしい事態があるのかと思いましたね。その時に、これからはタイ語だけではダメなんだと実感しました。

Q. 高杉さんの息抜き方法や趣味は何ですか?
私の息抜きは、休みの日に布団を干し、3時頃からポッカポッカの布団で昼寝をすることです(笑)。気持ちいいですよ。 健康のために少し散歩に行ったりもしますね。あと、少しでも時間があると映画を見ます。結構趣味が仕事と繋がるもので、邦画でもタイ映画でもどこの国の映画でも字幕の勉強になるんです。また、タイの映画監督は結構日本の漫画や本を読んでいるので、タイ語版と日本語版で本や漫画も読みますね。後は、他の人の通訳を見ることです。映画祭やテレビのバラエティーの通訳を見て勉強してますね。

Q. 通訳者を目指している方々へのアドバイスをお願いします。
先ほどの苦労談でお話しした様に、私も実際に体験して気づいたのですが、これからはタイ語だけではなく英語も出来た方がいいと思います。

私は大学入試の時に英語のスキルがピークで、その後タイ語に力を入れてからは手放してしまったので、これから英語以外で通訳を目指されている方は、出来る限り英語も使えるように両立して勉強された方が活動の幅は広がるでしょう。実際に、最近ではタイ人も英語を話せる方が多く、通訳は英日だったり、以前はタイ語で頂いていたお仕事がなくなってしまったりする事もありますからね。時代の変化に伴い、自分の活動の幅をキープし、更に広げられるように努める事が大切ですね。

Q. これからも通訳者としてご活躍されていくかと思いますが、将来の夢は何ですか?
私はタイのポップカルチャーが好きで、そういったお仕事を楽しんでやらせて頂いているんですが、これからもっとたくさんの人に知ってもらえる機会が増えればいいなと思っています。そうすれば自分の仕事も増えますしね(笑)。
今、まさにタイ式といって、タイ映画・タイの歌、タイのイケメンスターなど少しずつ知られるようになって来たので、そのうち韓流を超えるくらいに火がつけばいいなと思います。それを、あくまで自分は裏方として支えていきたいです。

【高杉さんの七つ道具】
チョコレート
のど飴
一番強いミント(眠気覚ましに)
お気に入りの水色のバインダーに白い紙
鉛筆
タイ語辞書
ヤードム(タイの気つけ薬/臭いをかいだり、眼の下に塗ったりする)
※つけすぎると涙が止まらなくなるとの事。要注意!(実際に仕事の合間に付け過ぎて泣いてしまったとか・・)

【編集後記】
以前はタイ語や通訳に全く興味は無かったという高杉さんですが、今回お話を聞いていると、まさに通訳は高杉さんにとって天職だと思いました。母国語でもギャグが取れずに苦労している方々が沢山いる中、人のギャグを素早く通訳し笑いを取り、どんどん場を盛り上げるというのは、まさに神業!凄すぎます。私自身も、高杉さんの全く飾らないぶっちゃけトークに、終始笑いっぱなしでした(笑)。

※このインタビューから13年後のインタビューはこちら
Vol.28 高杉美和さん「コロナ渦が後押ししたタイエンタメ通訳・翻訳の仕事」

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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