INTERPRETATION

第588回 お悩み脱出法

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

過日読んだ田坂広志氏の本に「反省」することの大切さが書かれていました。たとえばプレゼンをした後、うまく行った箇所と今後の改善点を洗い出す、という具合。私自身、通訳業務の後は帰りの電車内で「ひとり反省会」をしているのですが、田坂氏によれば、「反省日誌」をつけると一層効果があるのだそうです。確かに「書き出すこと」で視覚的にもわかりやすくなりますし、メモを見直せばすぐにリマインドできますよね。

ただ、この「反省」という行為、実はなかなか厄介です。人生では何事もほどほどがベスト。反省しすぎるとかえって落ち込みにつながるからです。私自身、その落とし穴にはまるタイプですので、引きずってしまうのですよね。本サイト運営のテンナイン・コミュニケーションの工藤社長からも、「柴原さんは反省しすぎ。もっと肩の力を抜いて良いのよ」とお優しいことばを頂戴したことがあります。「そっか、私、反省しすぎるんだ」とさらに反省して、vicious cycle(悪循環)に陥りそうでしたが(笑)。

でも、反省やお悩みから脱出する方法というのもあるのですよね。それは「好きなこと」に没頭すること。「え?それって現実逃避なのでは?」と思われるみなさま、実は私もかつてはそう思っていました。「取り組むべき課題から自分は逃げているのでは?避けてばかりいたらいつまでたっても解決しないよ」という心の声を私も常に聞いていたのです。

ただ、人の心は機械ではありません。食品保存容器やガソリンタンクなどに最大容積があるのと同様、人間の「こころ」にもキャパがあると私は思います。よって、負担を感じるまで我慢することはないのですよね。

そこで「好きなことに没頭すること」が生きてくるわけです。私は最近、以下のテーマで心を元気にしています:

*落語:日本テレビ「笑点」をきっかけに落語にはまる。独演会や二人会などに行き、思いっきり笑うとスッキリ。
*ピアノ:数十年のブランクを経てレッスン再開。「やっぱり楽器演奏って楽しい!」と実感。家での練習が楽しくなってきた。
*飛行機ウォッチング:子どもの頃から飛行機が大好き。我が家の上空を飛ぶ飛行機を眺めたり、Planefinderという航空機情報で追跡したり。さらに派生して旅行サイトで飛行機運賃やホテル検索をしてバーチャル旅行をすることも。元航空会社社員なので、「HND(羽田)」「LHR(ロンドン・ヒースロー空港)」などの空港名3レターコードに萌えたりする。
*絵本との再会:かつて子どもたちが小さいころ毎晩読み聞かせをしていた。先日、吉祥寺の絵本セレクトショップで当時の絵本の数々と再会。名台詞やシーンなどが次々と思い出されて幸せな気分に。
そして最後に、
*やっぱり英語:通訳や授業準備で単語を調べていると時間が経つのを忘れる。昨日まで知らなかった新しい単語との出会いは、まるで新たな友と知り合うかのよう。語源や背景知識を調べ始めると、時間が経つのを忘れる。

ざっとこのような感じです。今風のことばで言えば、自分の「推し」を大切に育むということなのでしょうね。「推し」がたくさんあればあるほど、悩み脱出手段も増えるのだと思います。

(2023年6月6日)

【今週の一冊】

「団地リノベ暮らし」(アトリエコチ編集、アスペクト、2013年)

団地は戦後の住宅不足を解消するために作られた住宅。私が出講している獨協大学のお隣もかつては日本最大級の松原団地がありました。しかし、老朽化ですべて取り壊され、今はURが手掛けた建物と民間のマンションが共存しています。

今回ご紹介するのは、古き懐かしき団地をリフォームして住む人たちを取り上げた一冊。外観は昭和そのものですが、中は自由に作り変えてとてもモダンになっています。和室を洋室にしたり、柱を一部撤去して広い空間にするなど工夫も盛りだくさん。インテリアも白を基調にしたり、ウッド仕立てになっていたりと、持ち主の個性が反映されています。

団地住まいのメリットは何と言っても入手価格のお手ごろさ。本書の中にはタワーマンションやデザイナーズマンション暮らしを経て団地に落ち着いたという方もおられます。他にも利点としては緑が多い、日当たりが良いなど、暮らしていく上で良い事がたくさんあります。

最近の団地は高齢化していますので、「在宅ワークを静かにおこないたい」という人にとっては、住環境の静けさもポイントになるかもしれません。

かつて敬遠されていた団地が見直される昨今。レトロを味わいつつ、自分にとって快適な住空間を作り上げる楽しさもありそうです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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