INTERPRETATION

第335回 基準は人それぞれ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日、付き添いでクリニックへ行く機会がありました。今までその診察内容であれば別の病院へ行っていたのですが、仕事が立て込んでいたこともあり、別の病院を選んだのでした。

最近の医療機関は、私が子どもの頃と比べるととても居心地が良くなっています。昔は病院の入り口でまずはスリッパへ履き替え、薄暗い待合室を横切って受付で診察券と保険証を出していました。私は幼児期、中耳炎にかかりやすく、とある開業医の先生に時々診ていただいていました。ところがその先生というのがこれまた非常に怖ーい方で、診察日が憂鬱でしたね。当時はお医者様の数自体少なかったのです。しかもその先生は小学校の校医も務めておられ、学校の集団検診でも「要診察判定」をもらってしまい、とにかく嫌でたまりませんでした。

そのような昔を思えば、今やどのお医者様も優しいですよね。言葉遣いも丁寧ですし、表情もにこやか。看護師さんたちも献身的で、処置も痛くなく、待合室にはテレビ画面や雑誌があり、無料のお茶や水、飴まで用意しているところもあるほどです。

ただ、「病院を選ぶ際には自分なりの基準が必要だ」と今回の付き添いで私は思いました。と言いますのも、私にとって再考を促された要因があったからです。具体的には、

*処方された薬の量が非常に多かった

*薬や自宅における処置方法の説明がマシンガントークで理解できなかった

という2点でした。

私は通訳という仕事柄ゆえか、診察室でも必ずメモと筆記用具を取り出し、医師の話を記入します。メモが数ページにわたる場合、メモ用紙にページ番号まで振ります(←これは通訳資料にページ番号を書く習慣ですので、マストではないのでしょうけれども)。

ところが、ことそのクリニックに関しては、とにかく説明が速くてついていけなかったのでした。もちろん、大切な内容であれば私の方から「もう少しゆっくり説明していただけますか?」「つまり、この薬とこの薬を夕食後に飲むのですね?」などと再確認すべきなのだと思います。けれども私の心の中ではあまりの速度に圧倒されてしまい、半ばあきらめてしまったのです。待合室にたくさん患者さんがいたことも思い出してしまい、いちいち再度の説明を求めて私の診察時間が伸びてしまうことも憚られました。

結局、家族と話し合った結果、この病院での再診察はやめようということになりました。今まで診ていただいていた先生のところへ戻ろうということになったのです。いわゆるセカンドオピニオンです。そして後日、大量に処方された薬を携え、以前お世話になったドクターの所へ駆け込んだのでした。幸いその先生は嫌な顔ひとつせず、私たちが持参した薬の中で最低限必要なものだけを挙げ、具体的な方法も丁寧に教えて下さいました。

今回感じたこと。それはどのようなサービスであれ、受ける側の人間は自分自身がしっかりと基準を持つべきだというものでした。世の中には色々な判断材料があり、それこそインターネットのランキングやコメントを見れば色々な意見が出ています。けれども大事なのは他者がどう思うかではなく、自分がどう受け止めるかなのですよね。

通訳の世界であてはめてみると、自分が通訳アウトプットをする際、もちろんベストを尽くします。改善点があれば直していきます。けれども、「この通訳者が好き」というクライアントさんもいれば、同一評価をしてくださらないお客様もいらっしゃいます。それはそれで良しと通訳者も割り切るべきだと思うのです。万人受けは無理でも、改善できることは直していく。それに尽きると思います。

(2017年12月18日)

【今週の一冊】

「世界の国鳥」 水野久美著、青幻舎、2017年

街中を歩いている際、注目しているポイントが私にはあります。たとえば家の門や木の形、咲いている花、駐車中の車などです。その日の気分に応じて色々と眺めてはウォーキングを楽しんでいます。以前はイヤホンを付けて歩いていたのですが、最近は鳥のさえずりに心が和むため、もっぱら鳥に注目です。カラスやスズメだけでなく、よく見ると色々な鳥がいます。鳥の名前に詳しくないのが残念なところなのですが・・・。

今回ご紹介するのは、世界の国鳥をテーマにした一冊です。「国鳥」とは、国のシンボルや象徴として定められた鳥のことです。日本の国鳥はてっきりツルだと私は思い込んでいましたが、そうではなかったのですね。正解はキジです。日本書紀や民話などでも描かれており、オスは勇敢、メスは母性愛を表すことから、1947年に日本鳥学会が選定したのだそうです。

一方、アメリカは、予想通りワシでした。具体的にはハクトウワシ(bald eagle)です。コインを始め、様々なところで描かれていますのでおなじみですよね。ハクトウワシはアメリカ先住民にとって神聖な鳥だそうです。本文を読むと、ハクトウワシの夫婦は生涯を添い遂げ、巣を毎年作り足していくため、巨大な巣になるのだそうです。確かにインターネットで調べたところ、大きな巣の写真がヒットしました。

本書をめくっていくと、国によって勇猛な鳥を定めているところもあれば、かわいらしい小さな鳥を選んでいる国もあります。たとえばイギリスではEuropean robin(ヨーロッパコマドリ)が国鳥です。これは1961年に行われた人気投票で1位となっており、2015年に国鳥を決める国民投票でも首位を占めました。スズメぐらいの大きさと形ですが、胸がオレンジ色で、イギリスではよく見かける鳥です。

ちなみに説明には「十字架をかけられたキリストを歌で癒したという伝承から、クリスマスカードにもよく描かれる」とあります。気になる方はぜひ画像検索で”UK Christmas cards”と入力してみてください。robinが描かれたカードがヒットします。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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