INTERPRETATION

「危機管理」

木内 裕也

Written from the mitten

このブログのタイトルはWritten from the Mittenです。The Mittenというのはミシガン州の愛称ですから、「ミシガンからの便り」という意味です。しかしこのブログを書いているのは、ノースカロライナ州のシャーロットにある空港です。ASALHというアフリカ系アメリカ史の学会に出席していたためです。学会については、また別の機会に触れますが、今回はいつもとは違う環境でこの記事を書いています。

 さて、今週のテーマは危機管理。日本でも政府や企業の危機管理意識が次第に高まっています。また個人レベルでも、自宅に防犯設備を設置したり、家庭用のシュレッダーが普及したりして(ちなみに私の母も家庭用シュレッダーの愛用者です)、危機管理の広まりが感じられます。しかし今日のテーマとなる危機管理は、サッカーの審判員の危機管理です。レフェリーと危機管理、と聞くと、何か選手や監督に攻撃されるのか、と思ってしまいがちです(実際そんなこともありますが)。もちろんそんな危機管理も必要ですが、ここ数年、レフェリーが小児性愛者でないことを証明する必要が出ています。つまり、審判員としてユース年代以下の試合を担当することもあります。そんな時に、審判員が何かの問題を起こした場合、「サッカー協会としては、審判員が小児性愛者でないことを確認していたので、責任は無い」とするためのものです。つまり審判委員会やサッカー協会による、このようなリスクマネジメントが行われているのです。各州によって用件は異なりますが、ミシガン州では2008年のレフェリーライセンス更新をするためには、全てのレフェリーが危機管理カードを提出しなければいけなくなりました(18歳以下の審判員は除く)。

 このカードは、ネット上で入手できます。10問くらいの簡単な設問に答えるだけで、特に時間のかかる作業ではありません。アメリカ入国の際に提出する資料で、「これまで薬物所有で逮捕されたことがありますか?」というような質問に答えなければいけません。または飛行場でチェックインする際に、「知らない人から荷物を預かっていますか?」と聞かれます。わざわざYesと答える人はいないでしょうが、とりあえず質問をすることになっています。危機管理カードも同じで、これまでに性犯罪で逮捕されたことがあるかなどを、聞かれます。見本解答をして提出すると、1週間以内にカードが届き、手続きは完了です。

 危機管理カードはサッカー指導者の資格を取得するにも必要ですから、ユース年代のサッカーに少しでも関わる大人は、このカードを所有しています。子供達が問題に巻き込まれないようにしよう、という姿勢は見習ってもいいものかも知れません。しかし同時に、オンラインで質問に答え、カードを取得させ、それで責任を放棄してしまうサッカー協会の姿勢は望ましいものではないようにも感じます。もちろん協会としては、問題が発生して裁判になったときのことを考えているのでしょう。しかしカード1枚を取得させて、責任を逃れることのできてしまう現実には問題があります。

  このような姿勢は、アメリカが法社会であるからこそ発生するものでもあります。「いかに問題を起こさないようにするか」より「いかに自分の責任を逃れるか」に焦点が当てられてしまうのです。

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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