INTERPRETATION

「コミュニケーション機器」

木内 裕也

Written from the mitten

日本でも話題になっているようですが、こちらでもアップル社のiPhoneが話題になっています。金額が高めのため、実際に使っている知り合いはあまり多くありません。しかし先日、友人が購入したと言う実物を見せてくれました。使い始めて彼女の関心を惹いたのは、iPhoneが引き起こすアナログとデジタルの融合、そして個人と企業の摩擦ということでした。彼女を含め、数人の友達とiPhoneをいじっていると、面白いことが見えてきました。

iPhoneにはボタンがなく、タッチスクリーン上にアイコンが示され、それに触れて操作します。電話を掛けるときにはスクリーン上のボタンに触れ、メールを送るときにはスクリーン上のキーボードに触れる、という具合です。また現在時刻を知りたいときには時計のアイコンを押し、YouTubeなどの番組を見るには、TVのアイコンを押します。興味深いのはこれらのアイコンのデザインです。見た目がすっきりして、デザインも現代的で、いかにも最新の携帯電話、というイメージのiPhoneですが、アイコンのデザインはなぜか懐かしさすら感じさせるものです。例えば時計のアイコンはデジタル時計の絵ではなく、時針と分針のあるアナログ時計。TVのアイコンは、ダイアル付きの昔のTVです。メールのアイコンは郵便で出すような封筒の絵。なぜこのようなデザインにしたのかはわかりませんが、あえて少し古臭いイメージを使うことで、iPhoneに対する馴染み深さが沸いてくるのも事実です。ただの最新型携帯電話だと、機能が沢山ついていて追いつけない、ということが起こりがちです。開発者が自分達の好奇心を結集して、色々な機能を1つの機械に入れたはいいけれど、ユーザーが使いこなせない、ということは多々あります。しかし何となく落ち着かせる昔のテレビや、アナログの壁掛け時計、昔ながらの封筒といったイメージは、「これなら自分にも使えるかな」と思わせることができます。こんな風にデジタルとアナログの融合が、iPhoneのスクリーン上で起こっています。機械は発達しても、人はやはりアナログの世界に惹かれるのかもしれません。

iPhoneのもう一つの特徴は、企業と個人の摩擦。そもそも携帯電話とは個人が使用するものであり、個性を反映させるものでもあります。例えばある人の携帯電話につけられたストラップ(アメリカ人は使いませんが)、電話帳に登録されている人、保存されている写真などは、その人の生活を映し出す鏡と考えられます。iPhoneはそんな「個人の生活の一部」という要素を、取扱説明書を使わないことで一層推し進めています。説明書はオンラインで読むことが可能ですが、新品の電話の入った箱には、説明書が入っていません。ユーザーはiPhoneに触れ、いじり、試行錯誤を繰り返して使い方を学びます。そして自分なりの「iPhone体験」を生み出します。これは小さな子供とおもちゃの関係に似ています。子供はもちろんブロックのおもちゃの説明書を読むことはしません。ブロックに触れ、いじり、試行錯誤することで、そのブロックを自分のおもちゃと認識し、色々な形を作り上げていきます。iPhoneのユーザーも同じ過程を踏みます。また、電話帳や写真以外に、音楽やビデオなども保存されていますから(アメリカの携帯電話では、それまであまり音楽やビデオを聞いたり見たりすることができませんでした)、これまでの携帯電話よりも個性が一層反映される電話です。

 しかし個性を反映させるコンピュータと違い、iPhoneは自分の好きなプログラムを保存させることはできません。パソコンであれば、好きなゲームをダウンロードしたり、またソフトウエアをダウンロードしたりすることもできますが、この電話では、アップル社が提供しているサービスの範囲の中でしか、ユーザーは身動きが取れないのです。従って、iPhoneの「個人的体験」は常にアップル社のコントロール下で行われているとも言えます。

 ただの携帯電話ですが、こんな風にちょっとだけ違った視点から見つめて見ると、今までとは異なる携帯電話の姿が見えてきました。

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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